廃村探訪02 むぜきじ様

武井稲介

むぜきじ様

 おう、お前か。最近よく顔を出すな。なんか下心でもあるのかい。

 なんだ、酒持ってきてくれたのか。悪いな、上がれ上がれ。

 廃村巡りの話かい? お前も好きだなぁ。まあいいよ。ちょうど聞いて貰いたい話があったんだ。そうそう、噂の廃村に行ってきたんだよ。殺人事件をきっかけに住人がどんどん減っていって、何年か前に最後の住人も亡くなったという。

 残念なことだよな、昔は大名が湯治にいくような名所だったのに、近年の殺人事件をきっかけに廃村だなんて……。元々過疎化は進んでいたみたいだし、遅かれ早かれではあったんだろうが、それでも気の毒な話だと思うよ。

 いくら、顔面が潰れて家族でも誰の遺体か確認できないくらいの凄惨さといってもさ、それが原因で村が滅びていいって道理はない。

 そういえば帰ってきた後に荷物を整理していたら、こんなものが紛れ込んでいたよ。仏像、ではないが、なんだろうな。神様の像かな。廃村から物を持ち出すのは褒められた行いじゃないが、くどくどいう人も今やいないだろう。

 なんだ、もっと詳しく話せって? お前さんも好き者だねぇ。少し長くなるよ。つまみでも出そう。



 村に至るまでの道は、ひどく荒れ果てていたよ。山の上にある村だし、道が悪いことは覚悟していたが、想定以上だったね。廃村の中では比較的近年のものだと甘く見ていたよ。途中からは車を降りて、歩いていったよ。廃村に行く途中で道が崩れて死んだら、死んでも死にきれないからね。

 村ではどの家屋もほとんどそのまま残されていたな。目的地は最初から決まっていたから、ひとつひとつ覗いたわけじゃないがね。目的地は村で一番の高い場所に存在する、かつて村長だったとされる家柄の屋敷だ。そういう家に物品や史料が残っていることはありがちだしね。幸いにも私も名前が知られてきたから、現在の持ち主からスムースに許可がとれたのもありがたい話だった。

 私が連絡をとった持ち主も家を出た代の、そのまた息子だから一度も村にいたことはないらしいのが残念だったな。

 話がそれた。

 聞いたところでは家主は廃村になる過程でも早めに村を出たのだそうだ。それもあってか、村長の屋敷は村の中でもとりわけ劣化が進んでいた。玄関の扉は壊れかけていて、開けようとすると倒れてしまった。一応写真もとってあるよ。

 靴を履いたまま上がらせてもらって屋敷の中を見せてもらったが、流石は有力者だけあって見事な屋敷だったよ。村が健在の頃は、さぞ豪勢な屋敷だったんだろうね。いくら僻地とはいえ、お大尽と結びつきがある村の長ともなるとよほどの権力があったんだろうね。

 屋敷の中を歩いていると、妙なことに気付いたんだ。家の中にものが多すぎるんだ。あまりにも気になったから失礼ながら収納の中をあらためさせて貰ったんだが、衣類も寝具も書籍も貴金属も、なにもかもがそのまま残されているんだ。まるで、身の回りのものだけで夜逃げでもしたみたいんだよ。

 なにしろ、箪笥の中を見ていたらへそくりすら見つかったからね。聖徳太子の札だったが、あれ、まだ使えると思うよ。

 冗談はさておくとしても、江戸時代のものであろう古い本もあったな。今から回収しても文化的な価値はありそうなものだよ。

 そう、いかにもおかしな話だろう?

 だって廃村になったのは、殺人事件をきっかけに人口減が進んだからなんだ。たしかにそれは一つの契機だったが、急いで村を後にする理由があったわけじゃない。事実、他の村民は数年前までは村に住んでいる人もいて、問題なく暮らしていたわけだしね。村長と殺人事件が関係していたという話もない。殺人事件そのものは被害者も加害者も村長とは直接の関係がない。小さな村だから、そりゃ人間関係は絶無ではなかっただろうがそれ以上の話はない。犯人も今は服役しているしね。

 もしかして、この屋敷の持ち主は、別に姿を消す動機があったんじゃないのかと思った。もちろん調べたさ。というより、村長の一族については現在の持ち主を調べる中で自然と知ることになった。

 村を去った当時の当主は十二年前に病死している。七十代での大往生。その息子も数年後に亡くなっている。平均寿命よりは若くして亡くなったが、怪しいところはない病死。子供はなかったのだそうだから、今の持ち主はその従兄弟の子だね。

 村長の一族はなんの動機で村から姿を消したのか。なんとも据わりが悪い、もやもやしたものが残る話だろう?

 私も気になって、家の中を調べ尽くすつもりでいたんだが、屋敷に妙な部屋を見つけたことのほうが気になった。屋敷の中央、玄関に入って真正面の部屋が、閂がかかって閉ざされているんだ。窓もすべて内側から板が打ち付けられていて正体がわからない。屋敷のどまんなかに、閂がかかった部屋があるだなんていかにも気になるじゃないか。工具を用いて、無理に入らせて貰った。

 恐る恐る入ってみたが、外からの不気味さに反して広い部屋だったな。床も畳だったし、閉鎖されていることがなんだか似つかわしくないように感じた。まるで、当初は閉鎖するつもりなんかなかったのに、途中で別の理由ができて閂をかけて封印しなければならなくなった……とでもいう風にね。

 懐中電灯で照らしてやると、部屋の中央には大きな祭壇があった。私が知っている仏教風とも神道風とも違う。原始的なアニミズム信仰のようなものかもしれない。中央には掛け軸のようなものがかかっていている他、左側には何メートルもある巨大な箪笥がある。いや、箪笥ではなく文棚かな。

 まずは掛け軸に近づいた。古いものなのだろう。文字が崩れていて読むのが難しいが、『無是期地様』と書いてあるように見える。むぜきじ様……かな。ちょっと思い当たる節がない信仰の対象だ。

 埃まみれになりながら部屋の中を探索すると、塑像、燭台、座布団とここが信仰の場だったことの傍証がいくつも見つかってね。部屋の広さや位置から考えても、隠れキリシタンのように密やかに信仰がおこなわれていたわけではなく、少なくとも一時期までは村で一般的な教えだったのかもしれない。きっと、最盛期は村人が村長の屋敷に出入りをして、むぜきじ様に祈りを捧げていたのかもしれないね。

 次に私が取りかかったのは、文棚の中身の調査だった。屋敷の中がほとんど生活そのままだったことから考えて、文棚の中身もそのまま残っている可能性が高い。一目見た時から思っていたんだ。埃を払って引き出しを引いてみると、案の定大量の史料がそのままに残されていた。元号からして室町時代の記録すらある。探せば、もっと昔のものもあったのかもしれない。

 これには興奮したね。

 中でも注目したのは顧客リストらしい帳簿で、読んでいると他の地域の地主らしい名前の他に、それに歴史通なら聞いたことがあるような武将の名前が出てくるんだ。私が思っていたよりもずいぶん信仰を集めていたんだね。ほら、この写真に撮ってある名前なんか、室町幕府の六代将軍だよ。

 でも、後の時代になるとどんどん客が減っていって、明治以降は減る一方。特に戦後なんかは閑古鳥が鳴いていそうだ。これだけ信仰を集めた神格なら、もっと他の文献に残っていそうなものだけど、明治以降の信仰の薄さが知名度の低さに繋がっているのかもしれないな。

 続き?

 続きなんてないさ。話はこれで終わり。私は荷物をもとめて帰路につき、今の持ち主に菓子折りを送っただけさ。廃村探訪なんてそんなものだろう? しいていうのならば、件の閂がかかっていた部屋、そこを出る際に梵字の札のようなものに気付いたくらいだ。もしかしたら、部屋は私が思っていたよりも厳重に封印されていたのかもね。

 は? 怖いことなんかないさ。封印を解いた私自身、何も気付かなかったんだし。本当に何かが封印されているとしたら、私が部屋を開けた途端、何かが飛び出してきたはずじゃないか。

 むぜきじ様の解釈に関しては……素人の見解だよ? むぜきじ、つまり無責任じゃないかと思うんだ。そう、無責任の神様さ。そう考えると立場のある人が来るのも納得がいく。ほら、為政者というのは政策一つで大きな影響を与えるものだろう。特に昔なんかは施策一つで住人の命を左右することもあっただろう。統治者がそうして多くの人の命を担っているという事実を正面から受け止めたら正気ではいられない。だから、無責任様という神様に祈って、責任を肩代わりしてもらうというわけ。

 こういう信仰の形は世界ではメジャーらしいね。ロシアの暴君として知られるイヴァン帝は熱心な正教会の信徒だったそうだよ?

 仮に私の推測通りならば、明治時代以降に信仰されなくなったのも納得がいくんだ。民主主義というのは、責任の分散でもあるだろう? 一人で責任を背負い込む必要もなくなった時代で、むぜきじ様は役割を終えたんだ。

 それに、湯治の名所という逸話があるのに、殺人事件当時には温泉の一つもなくなっていたんだよ? 湯治の名所というのは建前で、各地の有力者が祈りを捧げに来る地だと考えても、矛盾はしないじゃないか。

 はは。素人のつまらない話を聞かせてしまったね。

 いやいや、また来てくれたまえよ、面白い廃村の話があったら是非聞かせてくれよ。何かと面白い話をもってきてくれるからね。

 お前さんには世話になってばかりだね。なにか今度、改めて礼をさせてくれないか。

 え?

 こんなものでいいのかい。

 村で間違って荷物に混じり込んでいた像だよ?

 本当に変わっているんだねぇ。

 いいっていいって。今の持ち主には電話をいれておくよ。

 また連絡するよ。


 客人を玄関まで送り届けた後、私は思いを馳せる。

 現時点で、何故村長の一家が村から姿を消したのかは全く謎のままだ。

 だが、むぜきじ様に関連して良くないことがあったと考えれば納得はできる。先ほど私は、むぜきじ様は明治時代に役割を終えたと述べたがそうとは限らない。信仰を失ったむぜきじ様が信仰を求めて暴走した結果事件が発生し、厳重な封印を施されたと考えてもいい。

 村が衰退するきっかけとして起きた殺人事件に関して、信仰されなくなったむぜきじ様が悪く働いた可能性は、むぜきじ様の存在を前提にしたらそれほど突飛な発想ではない。

 村長はそのトラブルを解決できたのか、できなかったのかは決め手がない。部屋に封印が施されていたのを見るとむぜきじ様の封印はできたのだろう。その後、村にとどまり続けるのは不可能だと悟って逃げるように村を後にした……その結果、屋敷はそのまま、というエピソードは

成立する。

 もっとも、これはすべて妄想に過ぎない。

 そもそもの話からして、村の信仰の霊的な力があると考えること自体が空想なのだ。素人が語る、酒の肴だ。

 百歩譲ってむぜきじ様に何か影響力があったとして、仮に現代に解き放たれたらひどいことにはなるだろうな、という想像を広げることはできる。責任をむぜきじ様に押しつけることができるということは、倫理というリミッターを外すということだ。人間は殺すぞ、と思うことはあっても実際に殺すという行動に移すことはめったにない。そこで背中を押す役割を担うのは犯罪の引き金になる。むぜきじ様が存在したら、人はスキップするように清水の舞台から飛び降りることができる。まして、むぜきじ様を任意の相手に取り憑かせることができたら、他人を操って犯罪を引き起こすことすらできる。

 もちろん、実際にむぜきじ様が解き放たれることはまずない。自由に動けるような神格だったならば、長年山奥でひっそりと信仰を集める程度で収まるはずがない。

 だから、安心なのだ。

 むぜきじ様ゆかりの品があの村から誰かによって持ち出され悪意を持って使われない限り、むぜきじ様の存在は風化していくだけだ。 

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