ネコヤナギ

@n-nodoka

『ネコヤナギ』

〝君は、ネコヤナギだね〟


そう言われたのは、先日の男女混合練習の時だった。

自分が所属する高校のバレー部では、月イチで男女混合の交流試合が行われる。

その時、女子バレー部で1つ上の、猫屋敷先輩に言われた。

ちなみに、俺の名前はネコヤナギではなく、高柳。

お互いにニアミスな苗字だけど、そこは関係ないらしい。


交流試合の時に、一緒のチームでプレーした後、先輩に言われた一言。

部活の休憩となる時間、体育館の端に座って水分補給をする間に、俺はその言葉を反芻していた。

ちなみに、件の先輩も絶賛部活中で、体育館を半分に割るネットの向こう側にいる。

女子バレー部のエースを担うポジションで、実際にそのプレーは他のメンバーから明らかに抜きんでて上手い。

しかも、どのプレーや動きをとっても、基本に忠実だ。綺麗、という言葉が似合う。

とか考えながら直視してていたら、猫屋敷先輩と目が合った。

「……」

ウインクされた。

俺は、小さい会釈で返す。

「……ありゃー、モテるわなー……」

誰にも聞こえない声で呟く。

平然とウインクしてくる辺り、熟れ感が凄い。いや、先輩のプライベート事情とか知らないけど、まぁモテるのは知っている。男子バレー部の中にも、3人くらい狙ってる人がいるらしいし。

ただ、猫屋敷先輩は女子からもモテるらしい。噂では、女子生徒からも告白された事があるとかないとか。

そりゃ、バレーボールの腕も然ることながら、学業優秀、才色兼備とこればなぁ。

そんなこんなで、女子バレー部の皆からは〝お手本〟と呼ばれているらしい。

確かに、その渾名通りだと俺も思っていた。

つい先日の、交流試合をするまでは。


猫屋敷先輩と男女混合でチームの組むのは、この前が初めてだった。

そして、気付いた。

猫屋敷先輩が、隠しているということを。

そして、気付かれた。

俺も、隠していることを。


気付かれていた、といった方が正しいかもしれない。

先に仕掛けてきたのは、猫屋敷先輩だったから。

試合形式の練習中、俺がトスを上げるタイミングで、普段は絶対にしないようなトリッキーな動きを猫屋敷先輩が見せてきた。

その不意な動きに合わせて思わずトスを上げそうになったけど、堪えて別のメンバーに上げた。

最初はまさか、と思って、いや偶然で気のせいだろう、と考えた。

けれど、さすがに3回仕掛けられて、確信した。

試されてる、と。

だから、俺も仕掛けた。

俺もまた、普段は絶対にしないような動きを取ってみた。

試合中、同じように3回試した。

猫屋敷先輩は、俺の方にボールを上げてこなかった。

だけど確かに、3回ともウインクされた。


確信して、確定した。猫屋敷先輩は、隠している。

普段は基本に忠実な、〝お手本〟と言われるようなプレーしかしないけど、それだけじゃない。とんでもないトリッキーなプレースタイルを持っている。

そしてそれは、俺が高校に上がると同時に、隠すと決めたプレースタイルだった。

中学時代、周りのメンバーが自分の動きについてこれず、負けっぱなしになった事があった。周りが、ついてこれなかったんだ。

だから、チームに貢献するために、俺は隠すと決めた。だってバレーボールは、チーム編成の競技だから。

ただ、勿体ないな、と思った。

俺のことじゃなくて、猫屋敷先輩のポテンシャルが。

1つ年上なだけなのに、明らかに俺よりもトリッキーなプレースタイルも確立されている。

踏み込みや合図のタイミング、フェイクを混じえた動き、瞬間的な判断。

仕掛けられた3回で、その実力差を痛感するほどに。

でも、猫屋敷先輩は、明らかにそのプレースタイルを隠している。

理由はきっと、俺と同じだ。

決して我が校の女子バレー部のレベルが低い訳では無いし、メンバーが悪い訳でもない。

ただ、猫屋敷先輩が飛び抜け過ぎている。

「勿体ないよなぁ」

真価を発揮出来る環境が、整っていない。

まあ、あのレベルでは致し方ないのかもしれない。高校生の幅を、超えてしまっている。

それでもきっと、猫屋敷先輩も、

「感じているんだろうな……」

渇望するような、物足りなさを。

俺と同じように。

「……でも、その割には……」

猫屋敷先輩は、部活中も終始楽しそうなんだよな。俺と違って。

なんでかな。


「ねえ、ネコヤナギ君」

部活を終えて体育館を出ようとした時、猫屋敷先輩から声を掛けられた。

さっきまで色々と考えてたから、余計にビックリした。

「……高柳です、猫屋敷先輩」

「知ってるよー」

では、なぜ間違えるのか。

「渾名だよ、渾名」

「発祥元もそう呼ぶのも、猫屋敷先輩だけですが?」

「いいじゃん、私達だけの秘密でしょ?」

ウインクされる。あー、こりゃみんなが堕ちる訳だ。

でも、俺はまだ警戒心が勝ってしまうんだよな。

先日の件もあって、先輩の人物像がいまいち掴めないからだと思う。ぶっちゃけ、ちょっと恐いと感じているくらいだ。

「ね、ネコヤナギ君さ。明日の部活後に、ちょっと時間貰えない?」

お願い、と両手を合わせる猫屋敷先輩。いちいち仕草が可愛い。可愛いけど恐い。

でも、と考える。

普通の高校生ならば、猫屋敷先輩からこんな風に言われたら断る人はいないだろう。俺の統計上で100%、そう言い切れる。期待値だって、爆上がりだろう。

ただ、俺の場合は違うんだよな。残念ながら。

ここ最近の仕掛け合いからのお誘いだ。明らかに何か画策してるだろう、猫屋敷先輩は。

でも、特段断る理由もないので、

「はあ、別にいいですけど……」

「ほんとっ? ありがとーっ。じゃあ、そのまま体育館の近くで待っててくれる? 外の、窓の近くで休んでてくれればいいから」

「はあ……」

「よろしくねーっ」

と言って、ヒラヒラと手を振りながら去っていった。

うーん、何とも言い難い。

戸惑いと喜びが絶妙に混ざり合うと、こんな感覚になるんだな。15年間の人生で、初めて知った。

色々と、罪な人だな。

「というか、明日の部活後って、確か……」

考えて、

「———あ」

もしかして。


翌日の部活後。

言われた通り、体育館備え付けの扉にもなる大きな窓枠、そこの階段に腰掛けて、俺は外気で部活後の汗を乾かしていた。

窓の柵越しに見える体育館の中では、聞き慣れたボールの弾む音が複数。

紛れもない、バレーボールの音。

ただ、そこにいるのは、さっきまで一緒にやっていた部活仲間ではなく、大人達。

いわゆる、社会人バレーというやつだ。

毎週金曜日の夜は、俺達の部活後に社会人が集まってバレーボールをやっている。

俺達が月イチでやっているような、男女混合で。

その為、普段金曜日はバレーのネットもそのまま張りっぱなしで帰ることが出来る。その上、大人達と交代するということで、邪魔にならないようにと、学生達はいつもさっさと帰っている。

だから俺も、社会人達の見学は初めてだ。なんなら、現役学生で唯一かもしれない。

と、思っていたんだけど。

「やっぱりか」

予想通りだった。

体育館の中。大人達に混じって、猫屋敷先輩の姿があった。

さっきまで、自分達と同じように部活をやっていたのだけど、また基礎練習からやっている。

「体力お化けでもあったのか……」

また1つ、負けが増えた。

最初だけ練習に加わるのかな、とか考えたけど、そんな訳が無いことは俺でも分かっていた。

当然のように猫屋敷先輩も社会人達に混ざり、試合形式の練習が始まる。

そしてそこには、

「……やっぱ、すげえわ……」

全力の、猫屋敷先輩かいた。

変幻自在の動き。いつもの〝お手本〟の猫屋敷先輩なんて、そこにはいなかった。

ただ、それは猫屋敷先輩に限らない。

バレーボールは、チーム編成の競技だ。

猫屋敷先輩がトリッキースタイルで動くには、チームメイト全員が、猫屋敷先輩と同レベル以上でなくては成り立たない。

久々に、鳥肌が立った。

今、体育館にいる全員が、確実に俺よりも、猫屋敷先輩よりも上手い。

惜しみなく、全力を出せる場所。

かつて自分が望んで、叶わなかった場所が、そこにあった。

そんな夢舞台とも思える中で、猫屋敷先輩が見事なスパイクを決めた。チームメイトとハイタッチ、そして、

「——……」

俺に向けて、ウインクを1つ。

「あー……」

納得した。

ホント、敵わん訳だよ。


試合を終えて休憩時間となったタイミングで、俺が釘付けとなっていた窓際に、猫屋敷がやってきた。さすがに息を切らしてるけど、相変わらずの不敵な笑みで、

「っ、はー……、どう? ネコヤナギ君、感想は」

「高柳です。……猫屋敷先輩の強さの秘密を目の当たりにして驚いて、納得しました」

「はは、ありがとー」

笑い、手に持っていたペットボトルで水分補給。でも、と猫屋敷先輩は続けて、

「この中じゃ、はぁ……私が、1番格下だからねー。他のメンバー、まだまだ全力じゃ無いんだよ」

「まあ……そうみたいですね」

ホントに、ここにはバケモノしかいないみたいだ。

猫屋敷先輩が俺の方、窓枠に背を預けて座る。ちょうど、外側から立ち見している俺と、だいたい目線が同じになる。

汗だくの猫屋敷先輩が、さらに一口、水分補給をして、

「はー、……私はさ、両方あったほうが良いと思うんだ」

何が、と聞こうとして、すぐに分かる。

「……プレースタイルですか?」

俺の答えに、そう、と猫屋敷先輩が微笑む。

「いつも学校でやってるのは、基本……いわゆる、〝お手本〟のバレーボール。社会人チームでやるのが、〝トリッキースタイル〟のバレーボール。この場所にいる皆が、得意とするスタイル」

区切り、顔だけを動かして、窓枠の外にいる俺と目を合わせてくる。

ニヤリ、と不敵に笑って、

「ネコヤナギ君も含めて、ね」

「…………」

「私は、その両方あっての強さだと思ってる。臨機応変にバランスを変えて……時に〝お手本〟、時に〝トリッキースタイル〟で、相手を翻弄するの」

その通りだ、と思う。だってそれは、かつての俺が求めた強さだから。

中学時代、我武者羅に追い求めて――だけど叶わず、諦めたもの。

でも、

「ネコヤナギ君」

呼ばれて、俯いてきたことに気付いて、顔を上げる。

今度は真正面を向いた猫屋敷先輩と目があって、驚いてちょっと仰け反る。

そんな俺を追うかのように、猫屋敷先輩は窓枠へとさらに近付いて、

「君も、こっちへ来なよ」

 身体が、小さく震えた。猫屋敷先輩の優しい声が、だけど、一層強く俺の中に響く。

「一緒にやろう? ――私達は、まだまだ強くなれるよ」

「——……」

ああ、と思う。本当に、敵わない。

俺は俯き、深い一息を吐いてから、

「——……猫屋敷先輩」

「ん?」

顔を上げて、猫屋敷先輩と視線を合わせる。今度は、俺の方から少し近付いて。

「——入会手続のやり方、教えてもらえますか?」

「——っ、うんっ‼」

とびきりの笑顔だった。

ああ、認めるよ。

意味はちょっと違うけど、俺もとっくに堕ちていたのかもしれない。

まあ、何にしても、だ。今まで何度も宣言してきたけど。

結論。

全てにおいて、猫屋敷先輩には、敵わない。




後日談になる。

入会して分かった事だけど、社会人チームの方々には、以前から猫屋敷先輩がスカウトしたい後輩がいる、という相談をしていたらしい。

だからなのか、入会して初日の練習日早々に、

「お、噂は聞いてるよ! 宜しくな、ネコヤナギ君!」

「…………よろしくお願いします……」

しょうが無いだろ。もうすっかり、定着していたんだから。



あと、これも後日談。

何となくは分かっていたけど、改めて猫屋敷先輩に聞いてみた。

「なんで、ネコヤナギなんですか?」

「なんで、だと思う?」

質問で返された。まあ、そう来ると思ってたけど。

でもちょっと自信が無いので、食い下がってみる。

「……ヒントをください」

「あー、ヒントかぁ。そうだなぁー」

うーん、と猫屋敷先輩が小さく唸ってから、

「私も、ネコヤナギかな」

可愛くウインク。

ああ、じゃあ、きっと正解だ。

「——花言葉、ですね」

「おーっ、凄いっ! 良くわかったね‼」

拍手喝采を頂いた。

そうでしょう、もっと褒めてください。だって、かなり分かりにくい問題でしたから。

とは言っても、ネコヤナギについて調べていた時に、偶然目について気付いただけなんだけどさ。

植物には、それぞれ一つ一つに花言葉というものが付けられているらしい。

そして、ネコヤナギの花言葉は、〝自由〟。

これは、猫屋敷先輩からの暗号と言うか、メッセージだったんだ。


〝お手本〟も、〝トリッキースタイル〟も、変幻自在に使いこなす。

ネコヤナギ自由なプレースタイルであれと、そういう事だ。

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