扉を開けた先は異世界だったし、異世界から来た人間は虐げられてしまう世界だったんですが、なんとか生き残る為に頑張りたいと思います

斎藤 正

第1話 知らない空だ

「マジでだりぃ……」


 朝起きて、トイレ行ってから歯磨きして、朝飯食ったら着替えて、そのまま鞄を持ってから靴を履き、玄関の扉を開けて出勤する、なにも変わらない毎日。

 欠伸をしながら玄関を扉を開けたら、聞こえてくるのは近くの小学校へと向かうガキ共の声……俺もあれくらいの子供の頃には、時間が経てば勝手に大人になるもんだと思っていたけど、そんな上手くいかないのが世界って……ガキ声聞こえなくない?


「は?」


 ガキ共の声の代わりに聞こえてきたのは……鳥の鳴き声、森のざわめき、小川のせせらぎ……え?


「はぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 え、どういうこと?

 いつも通り欠伸しながら玄関のドアを開けたら、森の風景が広がってるんですけど!?


「う、嘘だろっ!?」


 これって、ネット小説とかでよく見る異世界転移ってやつか!? もしかして、俺の家の扉が異世界と繋がっちまったってことか!? じゃあ俺は部屋に戻って現実世界のものを持ち込んで、この世界で無双……無双……は?


「と、扉は?」


 妄想しながら振り返ったら、そこにも森が広がっているだけだった。俺が出てきた扉なんて全くなくて……太陽の木漏れ日が降り注ぐ、アロマテラピーには滅茶苦茶よさそうな森だけ。


「え?」

「おい、貴様……何者だ?」


 声っ!? 日本語!? 人!

 助けを求めて振り返った先にいたのは、これまたアニメでしか見たことがないようなライトグリーンの頭髪に、ライトグリーンの瞳、そして誰が見たって美人だって断言する切れ目の美人さん。その手に握られてこちらに向けられているのは……剣、ですかね。


「す、すいませんいのちだけはかんべんしてくださいほんとうになんでもするんでゆるしてください」

「……なんだ、こいつ」


 こっちが聞きたいよっ!





「挙動不審な人間がいるなと思ったらだったのか」


 必死に土下座して命乞いをしたら、すぐに許してくれた。


「ら、来訪者?」

「お前のように異世界からこの世界に流れてくる者のことだ」

「異世界から来た人が俺以外にもいるんですか!?」

「ん? あぁ……そう多くはないが、それなりにいるぞ」


 そう、なのか……じゃあ現代知識を持ち込んで俺がこの世界で無双、みたいなことはできないな……そんなことができるほど、教養ないけど。


「それで、お前の名前はなんだ?」

「あ、西風にしかぜ祐太郎ゆうたろうと言います」

「に、にし?」

「え?」


 日本語通じてるのに、なんで名前は通じないんだよ!?


「し、失礼ですが貴女の名前は……」

「私はエレナ=リヴィア=ハナマスだ……長いと思うならエレナでいい」

「え、エレナさん……俺の名前は……」


 西風が通じてないなら……それっぽく言い換えればいいか。


「ぜ、ゼフィルス! ゼフィルス……祐太郎です」


 芸名みたいになっちゃった。


「ゼフィルス・ユータウロ?」

「あ、それでいいです」


 祐太郎がユータウロになっちゃったけど……いっか。


「それで……他の来訪者の方々は、どうなってるんですか?」

「ん? あぁ……この「リリヴィアの神域」以外では、基本的に異世界からやってきた人間として差別されているな。国によっては問答無用で奴隷にされてるぞ」


 こっわ!?


「り、リリヴィア? の神域に来れてよかったですー」

「そうか? 余りにも情けない命乞いだったから見逃してやったが「リリヴィアの神域」にやってきた来訪者は、その場で殺すことになっているぞ?」


 嘘だろっ!?


「な、なんで……」

「さぁ? ただ……がそう言うから、ってだけだな」


 か、神様かぁ……神様が来訪者はゴミって言えば、そりゃあ駄目だよな。

 ここも神域って名前がついているんだから、俺の命があることの方が奇跡だよ。


「特にこの森の主……生命の神「リリヴィア」様は特に人間嫌いでな。私たちの森の守護者以外は、立ち入ったものを即刻処刑せよと言うんだ」

「え、それは……エレナさんの立場的に不味いのでは?」

「なんだ? 自分の命よりも私の心配か? 随分と優しいんだな」


 おい、ドキっとするから美人な顔でにっこり微笑まないでくれ……惚れちゃうだろ。


「私は……まだ生まれて100年ぐらいだからな。森の守護者としての意識が薄いんだろうな……バレたら、確かにただでは済まないかもしれない」

「100!?」

「ん? あぁ……お前は人間と同じで寿命が短いのか」


 森の守護者で、寿命が長くて、見た目が綺麗。


「エルフじゃん!」

「え、えるふ?」

「耳は尖ってないけどエルフじゃん! マジかよ、俺……異世界のテンプレに遭遇しちゃったのか」

「なにかよくわからないが、褒められているのか?」

「いや、俺が勝手に感動しているだけです」

「そうか、気持ち悪いな」


 直球!?


「それで──」

「待て」


 俺が質問を重ねようとした瞬間に、エレナさんによって口を物理的に閉じさせられた。抗議するように手足をジタバタさせたら、無言で睨み付けられたので大人しく黙っていることにした。

 そもそもエレナさんは何を感じて、いきなり黙らせようとしたのだろうかと思考を巡らせたら……急に全身に鳥肌が立った。

 鳥肌の原因は寒いから、とかではない。もっと……もっと根源的な恐怖のようななにか……生きようとする生物としての本能が、必死に逃げろと叫んでいるのに、反対に頭は今すぐにひれ伏して許しを請うべきだと足に向かって命令している矛盾。

 顔から血が引いていき、吐き気に近いようなものがこみ上げてくる。


「ハナマスのエレナよ……何故、森の守護者である貴女が来訪者を庇うのですか?」

「リリ、ヴィア様?」


 これが……リリヴィア? つまり、この神々しさよりも先に圧倒的な畏怖、そして生物としての格の違いを感じる存在こそが……神?


「その……この者は、確かに来訪者では、あるのですが……な、なにも悪いことなどしておりませんし、それだけの理由で──」

「それだけの理由? ハナマスのエレナ、私がなんと言って森の守護者に来訪者を殺せと言った、知っているはずですが?」

「……ただ、殺せと」

「そこに考えを挟み込む余地などありません。来訪者は殺す……それ以外になにがあるというのですか?」


 ゆっくりとこちらに向かって歩いてくるリリヴィアとやらの気配は、どんどんと濃くなっている。さっきまでちょっと強気で俺と喋っていたエレナさんの息がどんどんと浅くなり、顔色が悪くなっているのがわかる。

 生命の神……リリヴィアは確か、エレナさんにそう言われていたはずだ。人間嫌いで、森の守護者以外の侵入者は即刻処刑しろと言われていると。


「ま、待ってくれ!」

「不敬な……如きが私の前に立つか」


 覚悟を決めてエレナさんの前に立ち、真っ直ぐにその顔を見つめて……後悔した。

 ふわりと風に揺られる白髪に、こちらを射抜くような鋭さを持つ紅色の瞳。目を見ただけでわかる……絶対に逆らってはならない存在を前に、俺はとんでもないことをしているのだと。だが……不思議と、恐怖心と共に


「神である私の前に立ち、恐怖で震えながらも私の命を狙うその目……やはり異界の簒奪者など、この世には不要だ。神に逆らった愚かな者ごと、消えろ」

「マジかよっ!?」


 異世界転移したと思ったら速攻死にそうになるとかやめてくれ!

 丸くなって震えているエレナさんを、反射的に抱きしめながら目を閉じた。生命の神リリヴィアの放った光に俺とエレナさんは飲み込まれ……気が付いたら平原にいた。


「は?」


 え?

 もしかして異世界転移して速攻死んだから、また異世界転移した? 嘘だろ?


「……な、何故……私は生きている?」

「エレナさん!?」


 一緒にエレナさんがいるってことは……またやっぱり一緒に異世界転移したのかな?


「エレナさん、ここって見覚えありますか?」

「え? あぁ……んー……ん? あの城は……確か、騎士の王国の王城じゃないか?」


 あ、じゃあ異世界転移したんじゃなくて、さっきと同じ世界の何処かにワープしたってことなのかな? って、そんなことより色々と聞きたいことができたんだった。


「なんであそこで俺のこと庇っちゃったんですか!」

「な、なんだいきなり……処刑して欲しかったのか?」

「そうじゃないです! そうじゃないけど……エレナさんは森の守護者だったのに、俺を庇ったせいで……」


 なんとなく、男として悔しい。

 女性に庇われ、情けなく足を震わせながら神に殺されかけたのに……俺を守ってくれた女性がそのせいで居場所を失った訳だろう? 男として情けなさ過ぎる……いや、ただの社畜にはそんな戦う力なんてなかったのかもしれないけど。


「まぁ……私は確かに森の守護者ではあったかもしれないが、だからと言って神の言いなりになるって言うのも、な?」

「そんな軽い気持ちで裏切ったんですか」

「軽くなどない! 我ら森の守護者にとって、リリヴィア様の言葉は絶対……見捨てられれば、生きていくことなどできない」

「なら、なんで……」

「それは……その……」


 うーん……やっぱり、異世界の人でも目の前で人が死ぬのを見るのは嫌、とかなのかな。


「まぁ、いいや……取り敢えず、助けてくださってありがとうございます!」

「庇いはしたが、助けてはないぞ。気が付いたらこんなところに飛ばされていたし」

「え!? エレナさんの魔法とかじゃないんですか!?」

「馬鹿を言うな。空間転移の魔法なんて、それこそ神でもないと使えないぞ……私のような生まれたばかりの森の守護者が使える奇跡じゃない」


 じゃ、じゃあ……なんで俺とエレナさんはリリヴィアの前からこんなところまで飛んできたんだろうか。


「ところで、騎士の王国とやらは……」

「来訪者は戦争の為の奴隷にされると聞いたな」

「行くのはやめましょうか!」

「……そうだな」


 呆れたような目を向けられた気がするけど、俺は死にたくないから仕方ない。


「そもそも、俺はこの世界について全く知らないので……そこら辺を教えてくれませんか?」

「ん? あぁ……勿論教えてやる……と言いたいが、私は生まれてから一度も神域から出たことがないからな……知っている情報も限られているぞ?」

「それでも大丈夫です!」

「そうか……なら、簡潔に説明するぞ」


 そこから、エレナさんに説明して貰ったことは、彼女が事前に言っていた「情報は限られる」という言葉が嘘だったのではないかと思えるほどの濃さだった。


 まず、一番大事だと思ったのは……この世界は滅びかけているらしい。原因は不明だが、この世界に生きる存在には必ず終わりがあるはずなのに、最近は死んでもなお動き続ける存在がいるのだとか。詳しい話は知らない単語も混ざっていたからよくわからなかったが、とにかく世界の法則が滅茶苦茶になってしまっていて、世界が正常に動いていないのだとか。

 次に教えてもらったことで大事だと思ったのは、現在の世界の勢力図。

 どうやらこの世界には創世神と言われる偉大な存在がいて、その神様が世界を作ったということになっているらしい。そして、その創世神の子供たちが……現在は神々として世界を統治しているのだとか。

 生命の神『リリヴィア』が支配するリリヴィアの神域、黄金の神『イザベラ』が支配する黄金の都ゴルドーナ、戦争の神『ガンディア』が支配する騎士の王国ブルガント、星々の神『グリナドール』が支配する星々の故郷エクストーン。4柱の神が支配する4つの都市……それが、この世界の中心なのだとか。


「世界が滅びかけているのなら、その神様たちが協力すればいいのでは?」

「……神々は、有り得ないぐらいに仲が悪い」

「へ?」


 どうやら……創世神が自分の後継者を子供の中から指名しなかったことが原因で、4柱の仲が物凄く悪いらしい。だから、世界が滅びかけている中でも4柱の神々は決して協力しないのだとか。なんて傍迷惑な神様たちなんだ。

 エレナさんの説明、その最後にして肝心な部分である来訪者の話だが。


「実は、私もよくわかっていない」

「そ、そうなんですか?」

「あぁ……来訪者が異界から来たもので、神々からは簒奪者と呼ばれていることしか知らないんだ。勿論、来訪者そのものがどういった存在であるのかは大まかに理解しているが……ここまで神々から忌み嫌われている理由はわからない」


 さ、簒奪者か……そう言えばリリヴィアもそんなようなことを言っていたな。


「まずは来訪者のことを調べることから始めないとですね……と言っても、来訪者は差別される立場なんでしたっけ……」

「4柱の神によって支配されている場所では、な」

「別の場所があるんですか!?」


 いや、確かに4柱の神々が支配している都市が世界の中心であると言っていたが、別に全てとは言っていないもんな。


「仕方ない……今となっては私もリリヴィア様から見捨てられた棄民だ。道案内ぐらいはしてやる」

「道、わかるんですか?」

「…………いや、全く」


 はー……先が思いやられるな。でも、エレナさんは自分の良心だけで、故郷も捨てて自分の神にすら逆らっちゃったんだから……俺がしっかりしないと駄目だよな!


「よし! 頑張っていきましょう!」

「……お、おぉ」


 なんだか過酷そうな世界に来てしまったが……俺は生きていけるだろうか。

 滅茶苦茶不安だな。

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