第46話 飲み会、再び

 瑛太さんのタワマンに遊びに来るのは初めてではなかったが、改めて見ると場違いな位えげつなくて、しばらく息をするのを忘れてしまう程だった。


「フィットネスジムに美人コンシェルジュ? え、何これ?」


 大理石の床に指紋一つない綺麗に吹き上げられた壁や窓。三つ星ホテルの間違いじゃないのかって言うほど高級感が漂っていて、無性に殺意が芽生えてきた。


 これが生まれながらの格差って奴か。

 俺なんて生活保護で、ギリギリの生活を送っていたと言うのに。


「うわぁー、めちゃくちゃ嫌味しかない大富豪。こんなマンションを税金対策で購入? いいね、人生勝ち組は」


 瑛太先輩唯一のアピールポイントだった金持ちのボンボン計画だが、生憎ターゲットである葉月さんには刺さらなかったようだ。

 むしろ俺は、思考回路が似たような人間だと分かり、勝手に親近感を覚え始めた。


「瑛太さんと付き合って結婚すれば、この贅沢が手に入るんだからいいんじゃないですか? ちなみに瑛太さんは三人姉兄弟きょうだいの末っ子次男だったはずですよ」

「えぇー、壱嵩さんは金の為にあの変態変人と結婚しろって? あのね、私も変態の分類だから相手は弄りがいのある人がいいの。瑛太さんと付き合うよりも、壱嵩さんの方がいいけど——……」


 自らの失言に気付いた葉月さんは、わざとらしく咳払いをして言葉を濁した。


「でも、一番は明日花ちゃんが好みかな♡」


 いや、言い訳も苦しい。どうせならもっとうまい誤魔化しをしてくれ。

 幸い、聞かれたくなかった当人は豪華過ぎるマンションのエントランスに圧倒されて言葉を失っていたので助かったが。


「え、もしかして瑛太さんってお金持ち? 手土産にケーキを買ってきたけど、もしかして庶民過ぎたかな?」

「いや、そんな気にしなくてもいいと思うよ。瑛太さんは女の子には優しいから、明日花さん達が買ってきたってだけで喜んでくれると思う」


 そして案の定、ケーキを受け取った瑛太さんはプレゼントをもらった子供のように無邪気にはしゃぎ回っていた。


「やっぱこういう気遣いが女子! めっちゃ美味そう! これは葉月さんと明日花ちゃんが俺の為に選んでくれたの?」

「壱嵩さんも一緒に選びましたよ? 瑛太さんはモンブランが大好物って言ってたので、それを買ってきました」

「——うん、聞かなかったことにするよ! 俺の大好きなクラシックチーズケーキまであるー」


 クラシックチーズなんて、食ったところ見たことねぇよクソ先輩め。結局、可愛い女子からもらえれば何でも美味いってことだろう。


「しかし、いつ見ても嫌味なくらい広くて綺麗な部屋ですね」

「まぁ、週二で家事代行に来てもらってるからね。冷蔵庫に作り置きもしてくれるし、便利だよねー」


 瑛太さんを見ていると、つくづく独身貴族を極めた男だと思う。俺と違って知り合いも遊び友達も多い瑛太さんは、結婚なんてしなくても十分満たされているのだろうなと。趣味も多いし、むしろ自由奔放な人だから、縛られるのを嫌いそうだ。


 家事力は求めない。一緒にいて楽しい彼女が出来ればそれでいいのだろう。


「何か壱嵩さんの部屋みたい。壱嵩さんも家電に掃除や洗濯を任せて無駄を省いているもんね。やっぱり壱嵩さんと瑛太さんって似た者同士だから仲がいいんだね」


 ——俺と瑛太さんが似てる?


 全然違い過ぎるのに、何処が?


 俺が住んでいるのは家賃の安いオートロックもないワンルームアパート。一方中心部に建設されたタワーマンション高層部。それに家電と人間にしてもらうんじゃ、全然意味合いが違う。


 心の中で僻んで鬱に入り込もうとしていた時、ズンと肩が重くなった。強引に肩を組んできた瑛太さんは、屈託のない笑顔で楽しげに答えていた。


「さすが明日花ちゃん! そうそう、俺も壱嵩の部屋を見て勉強させてもらったんだ。コイツの考え方って理にかなっていて参考になるんだよね。本当、尊敬するよ」


 そうだ、忘れてた。瑛太さんは家柄とかそういうことなしで関わってくれたと言うのに。


 片親で、しかも精神疾患のある母の話をしても、引くどころか「色々と大変だったんだな」と労ってくれて。よくご飯を奢ってくれたり、古着をくれたことがあった。


 明日花さんと出逢って人生が変わったように、瑛太さんにも救われたところは沢山あった。


「——俺も、瑛太さんには色々とお世話になりました。まるで弟のように可愛がってもらって、勝手にお兄ちゃんがいたらこんな感じかなって思ったりしていました」

「壱嵩……お前、そんなふうに思ってくれていたのか? いつもは憎まれ口ばかり叩くのに、変なものでも拾い食いしたか?」

「してねぇよ、せっかく人が褒めてるのに茶化すな、クソ先輩め」


 今回は瑛太さんが葉月さんといい関係になれるように全力で応援したいと思う。

 実は水面下で明日花さんと一緒に計画を立ててきたのだ。


『合コンの時、距離を縮めるのに有効的なのはゲームだって記事を見たことがある。ボディタッチが多いと意識するようになるみたいだから、その類のことをしよう!』

『うん! それから吊り橋効果……! ハラハラすると脳がドキドキしてるって勘違いしちゃうんだって。二人をたくさんドキドキさせよう!』


 俺も明日花さんも、友人は少なく決してリア充とは言い難いが、必死に知識を引っ張り出して考えた。


 ある程度、アルコールが入ったら決行だ。


 必要以上にテンションが上がり、舞い上がっている明日花さんのことは気掛かりだったが、瑛太さんと葉月さんをくっつける為に俺達は作戦に取り掛かった。


 ———……★


「……ねぇ、瑛太さん。今日の明日花ちゃんと壱嵩さんって変なテンションじゃない?」

「うーん、確かに。まぁ、あの二人がソワソワしてるのはいつものことだし、気にしなくていいんじゃない?」

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