第25話 彼女、俺の方が好きだってよ?【ざまぁ】

 壱嵩side……


 すっかり変わり果てた俺に、かつての同僚達はただただ唖然としていた。


「そんなに違うかな? 初めて会った時から壱嵩さんは素敵な人だったのに」

「んー………明日花さんはかなり分厚い色眼鏡をかけていると思うから」


 久しぶりに再会だったので忘れていたが、俺も彼らのような垢抜けないパッとしない人間だった。すっかり明日花さんに感化されてしまったが、数ヶ月前の俺も先輩よりの人種だったのだ。


「遅くなってすみません。田沼先輩、都子さん、改めておめでとうございます」

「ほほほ本当にあの幸山なのか? 嘘だろ、お前整形したのか⁉︎」


 失礼な、疑う気持ちは分かるが整形はあんまりだ。

 仕事柄身体を使うので身体は引き締まったかもしれないけれど、他は明日花さんのセンスと日々の努力だ。


 しかし、以前はきっちりしていると思っていた田沼先輩だが、改めて見ると老けたなと落胆した。いや、それも仕方ないのだろう。


「先輩、もしかして幸せ太りしました? 前よりもふっくらしてますね」

「うるせぇよ、お前! 自分がイケメンになったからってなじるなチクショー!」


 別になじってなんていないのだが……。かつてはこのグループでカースト最下位だった最年少の俺だが、会わない間に下剋上に成功したらしい。


 とはいえ、これも全部彼女明日花さんのおかげだが。男は伴侶に選んだ女性で人生が変わると聞いたことがあるが、その噂に真実味が増したと実感した。


 きっと俺も都子さんと自然消滅していなければ、田沼先輩のように現状に満足しているだけで向上心のない人間になっていたかもしれない。


「う、嘘でしょ? 幸山くんなの? すごくイケメン……!」

「いや、俺は別にそんな。全部彼女の言うとおりにしてるだけだから」


 美意識の高い明日花さんに習ってスキンケアやスタイリングをしているうちに腕が上がったらしいが、俺自身彼女がいなければ何もできないポンコツである。


「そうだ、先輩達にも紹介します。俺の彼女で明日花さんです。19歳の年下ですので、お手柔らかにお願いします」

「くそ、幸山のくせに生意気な! お前、俺に都子を寝取られて悔しいからってレンタル彼女を雇っただろう!」


 ドンと大袈裟に机を叩いて威嚇をしてきた田沼さん。いや、本当の彼女なのに、何故レンタルって言われないといけないんだ?


 流石に引く。

 この嫉妬はドン引きである。


「——あの、俺は……」

「お前みたいなモヤシの根暗、ネチネチ野郎にこんな可愛い彼女ができるわけがないだろう! 絶対にあり得ねぇ!」


 うん、最初は俺もそう思ったけど、現に同棲状態で一ヶ月付き合ったのだ。これで彼女の気持ちを疑う方が可哀想だし、そもそも俺なんか資産もないもないので、騙しても時間の無駄だし一銭の得にもならない。


「見損なったぞ、幸山。そんなに都子を取られたのが悔しかったのなら、素直に言えばよかったのに……」

「——え?」

「そんなに都子に未練があるなら、身を引いてやってもいいぞ? 幸いまだ婚約状態、式場も押さえてない状態だしな!」


 待て待て待て、この人、何を言っているんだ?

 あまりの暴走気味に皆がついていけないと呆気に取られていた。


 ちなみに一番豆鉄砲を喰らった鳩のような面をしているのは婚約者の都子だった。それもそうだろう。結婚報告で集まっているのに実質婚約破棄を言い渡されたのだ。


「あのな、実は……幸山が来る前にお前の彼女が言ってきたんだよ。お前よりもテクニシャンな俺のセックスに興味があるからエッチを教えてほしいってな!」



 ———えぇぇぇぇー……?

 いや、それはショックだけど、え?


 思わず隣にいた明日花さんの顔を凝視した。

 悲しいが苦笑するだけで否定してこない。おそらく先輩の言うことは事実だろう。


「それはある意味、お前のセックスに不満があるから俺に乗り換えたいってことじゃないのか? 仕方ないよなぁー、現に元カノの都子にも下手くそって言われて寝取られたからなー!」

「いえいえ、私は壱嵩さんとの関係に一ミリも不満は抱えてないです。だから逆に、そんな壱嵩さんから寝取ったテクニックが気になっただけで、田沼さんには全く興味はないです」


 キッパリと真顔で拒否した明日花さんに、豪語していた田沼さんの顔が茹タコのように真っ赤に紅潮していった。


「そもそも婚約者の彼女を大事にできない人って……気持ち悪いです」

「うぐっ、それは……!」

「後輩の壱嵩さんのことを悪く言っていたのも心外だったし。できることなら関わりたくない人です」


 口を開けば開くほど追撃が続き、田沼さんが憐れに見えてきた。


「それに私は」

「明日花さん、もうその辺で!」


 ——こんな先輩でもかつては、それなりに尊敬していた先輩なのだ。昔から見下されていたことには気付いていたけど、それだけならお祝いを持って飲み会に駆けつけたりしない。


「すみません、俺達もう帰りますので! どうか末長くお幸せに!」


 明日花さんの食事の勘定を済ませて、足早にお店を出て逃げた。なんて心臓に悪いんだろう。


 こんなことなら来なきゃよかった。


「……ごめんなさい、壱嵩さん。思ったことをそのまま口にしちゃって」

「いや、明日花さんは悪くないよ? 実際スカッともしたし、代わりに言ってくれて嬉しかったし」


 だが、あれ以上変な言いがかりをつけられて、色々と拗れるのは困る。特に元カノ都子を押し付けられて明日花さんを寝取られでもしたら、後悔しても仕切れない。


「ごめんね、せっかく明日花さんのことをちゃんと紹介しようと思っていたのに、こんなことになってしまって」

「ううん、大丈夫! それより……やっぱり好きな人の元カノって、やっぱり微妙だね。壱嵩さんと都子さんがどんなふうに付き合っていたのか想像したら、ちょっと嫌な気分になっちゃった」


 泣きそうな顔で無理やり笑顔を作った明日花さんを見て、なんてバカな願いをしてしまったんだと後悔した。


 そりゃ、そうだ。俺だって明日花さんの元カレと対面したら嫌な気分になる。自分の保身なんかよりも彼女の気持ちを尊重すればよかった。


「ごめん。考えが足りなくて」

「ううん、全然! それに実際に見て安心したし。あんな壱嵩さんのことを悪く言う人よりも、絶対に私の方が好きだもん! 私……壱嵩さんのこと、絶対に幸せにするね」


 もう十分、幸せにしてもらっているんだけどな。

 けど彼女に繋がれた手に熱が帯びていることに気付き、この幸せはどんどん積み重なっていくものだと気付かされた。今が最上にならないように、どんどん幸せになっていきたい。


「せっかくだから食事し直そうか? 明日花さんは何が食べたい?」

「ケーキとか甘いのが食べたい。今度は私のおすすめのお店を教えてあげるね」


 そう言って俺達は夜の街を足早に歩き出した。



 ——ちなみに、田沼さんと都子は破局。

 後輩からの信用もなくした田沼さんは、ショックのあまり引きこもりになったと人伝に聞いた。


 そして都子は、より良い男をつかまえようと血眼に婚活を頑張っていると聞いたが、良縁に恵まれなかったとか。



 ———……★


「(死んでないけど)ご冥福お祈りします。合唱……」

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