第24話 どんなセックスをするのか気になるんですが……

 明日花side……


 そして、とうとう決戦の金曜日が訪れた。

 だが今日に限って壱嵩さんは残業になってしまい、現地で待ち合わせして参加するはずだったのだが、想定外の待ちぼうけを喰らう羽目になってしまった。


「先に合流するわけにもいかないし、どうしようかな?」


 お店は大衆居酒屋といった感じの仕切りのないオープンな作り。店長自ら仕入れた新鮮な魚介類が売りだと店員さんに言われていたが、カウンター上にはたくさんの干し鳥が吊るされていて異様な光景だった。


「はい、お客さま! お飲み物は如何いたしましょう?」

「あ……ソフトドリンクをお願いして良いですか? できれば柑橘系で」


 居酒屋の雰囲気は好きだけど、生憎未成年だったのでアルコールは飲めない。早くカルーアミルクとかシャンディガフとか色々飲みたいが、諦めて生搾りポンカンジュースを口にした。


 ちなみに料理はオススメの雛鳥の一夜干しとサーモンの刺身を注文。こうして私は壱嵩さんの到着を待つことにした。


 それにしても、なんて賑やかなのだろう。

 思っていた以上に騒がしい音を遮断したいと耳を塞ぎたくなる。アルコールが入って声が大きくなった野太い声。マシンガンのように言葉を連ねる甲高い声。


 最近、壱嵩さんと一緒に行動していたから忘れていたけど、やっぱり——こういう場所は苦手だ。


「それじゃ、田沼さんと都子ちゃんの結婚を祝ってー………乾杯ー‼︎」


 通路を挟んですぐ後ろの席から聞こえた号令に、思わず振り返った。田沼さんと都子さんって、壱嵩さんの前の職場の同僚さん?


「ありがとうな、みんなー……。こんなふうに祝ってもらえるとは思っていなかったらスゲー嬉しいよ」


 田沼さんは少し長めのセンター分けの、お腹がポッコリした中肉中背。チェックのシャツをキッチリ入れた上でベルトを締めて、とても几帳面な印象。そして鼻がニンニクみたいな形でお笑い芸人で見たことのあるような風貌だった。


 そして隣に座っている女性。おそらく壱嵩さんの元カノで田沼さんのフィアンセである都子さん。意外にも目は一重で腫れぼったい。眉毛もボサボサで整えている様子が見受けられなかった。だけどスタイルは悪くなく、短めのスカートと太ももまであるニーハイの絶対領域で、同席していた男性達の視線を集めていた。


「僕らの姫、都子ちゃんもとうとう人妻になってしまうのか。寂しいですね」

「悪いな、お前ら。俺がちゃんと幸せにしてやるから安心してくれよ!」

「田沼先輩、よろしく頼みます!」


 ——……独特の雰囲気を纏った人達だ。

 あの人達の中に壱嵩さんが所属していたなんて想像がつかない。きっとやむ得ない事情があるか、一時期の迷いでつるんでいたに違いない。


「そういえば幸山くんはまだですか? 随分遅いですね」

「あぁ、そうだな。まぁ、来づらい気持ちは分からなくもないんだけどな。ほら、アイツ……一時期都子と付き合ってたからさ。まだ未練があるんじゃないか?」


 未練? え、壱嵩さん、元カノに未練を抱いていたの? 聞いてないんですけど?


「アイツ、介護職についたんだろう? 出会いもないくせに彼女連れてくるとか抜かしてきたもんなー。負け惜しみ乙、だな! どうする? もし八十くらいのバァさん連れてきたら」

「幸山くんなら有り得ますね! 何にせよ我らの姫、都子氏以上の彼女ができるとは思えないですね」


 酷い言い分だ。よくもここまでいない人のことを悪く言えるものだ。

 確かに出逢ったばかりの壱嵩さんは野暮ったい雰囲気は纏っていたけれど、それを上回る優しさがあった。なのでここまでバカにされる筋合いはない。


「そういや、都子が幸山と付き合ってる時、アイツとのエッチに不満を垂らしていたよな? ネバネバとねちっこいセックスをしてきたんだったっけ?」


 思わず持っていた箸を止めてしまった。


 ——やっぱりしてたんだ、セックス……!

 何とも言えない感情が込み上がる。過去のことなのに、私も壱嵩さん以外の男性と経験があるにも関わらず、複雑な心境だ。


「もう、タヌタヌ〜。それは言わない約束だったでしょ? 昔のことは忘れたいんだから……ね?」

「悪いな、都子。嫌なことを思い出させてしまって。その代わり今晩もお前のことを激しく抱いてやるからよ! コイツ、清楚な見た目なくせにバックで激しく突かれるのが好きなんだよ」

「ダメだよ〜♡ そんな言ったら皆が都子でエッチな妄想しちゃうじゃ〜ん」

「田沼先輩、オカズごっつぁんです!」


 ——この場に壱嵩さんがいなくて良かったと心底感謝した。


 彼らとは縁を切った方がいい。百害あって一利もない。


 もう帰ろうと連絡しようと思った時だった。彼らがとても興味深い話をし始めた。


「幸山よりも俺の方がテクがあったばかりに申し訳ないことをしてしまったよな……。俺も本当は寝取るつもりはなかったのになー」

「あたし、タヌタヌのテクニックに骨抜きにされちゃったもーん♡ 幸山くんなんて足元にも及ばなかったなぁ♡」


 この人、壱嵩さん以上のテクニシャンなの?

 私も経験が多いワケじゃないけれど、壱嵩さんとのセックスはとろけるほど良かった。あれ以上のエッチがあるなら是非聞いてみたい。


 そして今晩、壱嵩さんと試したい(本音)


「あの、すみません……ちょっと話が聞こえてきて」


 私は勇気を出して話しかけてみたのだが、田沼さんをはじめに男性陣の顔が変に歪み始めた。


「おおおおおお、おねおねお姉さん、何すか⁉︎ え、おおお俺ェ? おお俺っすか⁉︎」

「え? はい……その、お姉さんのことを骨抜きにしたエッチって、何をしたのかなと思って」


 私が話すほど変なテンションになっていく男性陣。そして険悪になっていく都子さん。


 いや、私は単に骨抜きにしたエッチの内容が気になるだけで、それさえ聞ければいいんだけれど。


「べべべ別に、俺は普通のつもりなんすけど、俺達の身体の相性抜群だったみたいで!」


 ——? 


 それが特別な理由? 全然答えになっていない。


「もう、タヌタヌ〜! 私以外の女性に鼻の下を伸ばすなんてダメェ〜!」

「ち、違うんだよ! 俺はただお姉さんに聞かれたから答えただけで、そんな鼻の下なんて」


 その割にはチラチラと私の胸元を見てニヤニヤしている。やっぱり迂闊に声をかけない方が良かったのかもしれない。

 後悔しながら遠くを見ていると、店内に入ってきた壱嵩さんの姿が目に入った。


 だが異様な光景に、テーブルについた瞬間言葉を失っていた。


「——何これ、なんで明日花さんが先輩達と一緒にいるの?」

「えっと、成り行きで?」


 まさか壱嵩さんの元カノを寝取ったエッチテクニックを聞き出そうとしていたなんて、口が裂けても言えない。ロクな情報も得られなかったし……。


「先輩、遅くなってすいません。あの、これお祝いです。何がいいのか分からなかったのでお菓子なんですけど」


 せっかく壱嵩さんが挨拶をしているのに、ポカーンと口を開けているだけで、ウンともスンとも言わなかった。


「あああああああの、どど、どちらさま?」


 ——うそ、これもしかして認識されていない?


 あまりにも不憫な対応に苦笑しか溢せなかった。

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