第13話 これから彼の部屋で
「あの男が近くを
「幸山さんのところに? でも、私……」
嬉しいけど、康介にバラされたショックから完全に立ち直れずにいた。できることならもっと楽しい気持ちで訪問したかった。
「今の明日花さんを一人にはしておけないから。必要なものを取ってきて、そのまま俺の部屋に来て」
いつもより少し重たい雰囲気を漂わせて。怖いと思いつつ、頷くように支度を始めた。
着替えとメイク道具、そして日常用品とかを用意して。
でも荷物をまとめて下に降りてきた時にはいつもの幸山さんに戻っていて、カバンも持って手を繋いでくれた。
「……実はさ、俺ももう一つ伝えないといけないことがあって。俺の母なんだけど、俺が生まれて間もなく父親が死んでしまって、シングルマザーで育ててくれたんだ。けど過労や心労が重なって統合失調症になって、自殺未遂を繰り返していて。今は入水自殺の後遺症で半身不随になってしまったから、施設に入っているんだ」
思ったよりもハードな内容に掛ける言葉が見つからず、口篭らせた。幸山さんが苦労していることは知っていたけど、そこまでだとは思わなかった。
「それと、何だろうね。よくウチに男の人を連れ込んで、そういった行為をしていたよ。何日も家を空けることもあったし、結局性に依存していたんだろうね」
遠回しに責める言葉に、身体が凍りついたように固まって動かない。頭がグルグルして、眩暈がする。
そんな私の異変に気付いたのか、幸山さんは止まって目の前で手をヒラヒラさせた。
「ごめん、違うんだ。否定したいわけじゃなくて……。そういう母親の状況を知っているから、分かるんだ。何かに依存したくなる気持ちも、そんな女性につけ込む輩の心理も」
そして下がっていった身体を温めるかのように、身体を重ねて包むように抱きしめてくれた。
額の辺りに彼の唇の感触を感じる。切なくて、苦しい気持ちが押し寄せる。
「——あの男とはもう繋がっていなかったんだよね? 俺と知り合ってからも会ったりしてた?」
「してない。昨日、待ち伏せされて迫られたけど、ちゃんと拒んだし!」
「そっか、それなら明日花さんの言葉を信じる。ちなみに……どうやって別れたか聞いてもいい?」
少し躊躇いはあったけど、嘘もつけないので素直に白状することにした。
「幸山さんと出逢ったあの日……一緒に遊んでいたんだけど、いい感じになった女の子に誘われたから帰れって言われて、腹が立ったから二度と会いたくないって啖呵を切って出てきた」
「何その修羅場! 思っていた以上にクズだな、あの男! え、明日花さんはそんな男が好きだったの? その事実の方がショックなんだけど」
その点に関しては同じ意見だ。
けれど、幼少期から回りの子と少しズレていた私は友達が少なくて、結局幼馴染だった康介だけが唯一の拠り所だった。
「昔は優しかったんだけど、一線変えてから少しずつ変わって……。それからはたまに呼び出されてはそういうコトをして。康介に彼女が出来たら放置されて、別れたらまた呼ばれての繰り返しだった。私、バカだったから……この関係を続けていたら、いつか彼女にしてもらえるのかなって信じてて」
今はもう好きでも何でもないはずなのに、何故か涙が溢れて、気付いたらボロボロと泣いていた。せっかく買った幸山さんの服が濡れてしまう。
「——ごめん、辛いことを思い出させてしまって……。悪いのは明日花さんの気持ちを弄んだあの男だよ」
「でも、私が汚いことには変わりないし」
「そんなことを言ったら、関係を持った人は皆、汚いことになるよ? それに俺達もこれからするのに」
幸山さんの右手が私の顎から頬のラインに添えられて、顔が近付いてきた。互いの鼻頭が当たって、そっと……掠めるように唇が触れた。
「——明日花さんが嫌ならしないけど……どうする?」
「い、嫌じゃない。でも」
言葉を続ける前に唇を塞がれ、そのまま押し続けられた。重ねているだけなのに、触れているだけなのに、どうしてこんなに胸がいっぱいになるんだろう。
気持ちいい、口から心臓が出そう……。
「本当はもう少しゆっくり関係を進めたいと思っていたんだけど、ごめん。我慢できる気がしない」
まだ帰り道の途中だというのに、感情が昂って我慢ができない。
「私で……いいの? 本当にいいの?」
「もちろんだよ。明日花さんがいいんだよ。明日花さんじゃないとダメなんだ」
それから幸山さんの家に帰り着いた私達は、盛った猫のように互いの身体を求め合った。玄関で靴も履いたままで、キスを交わして。
「こんなところで抱き合ったら、外を歩いている人に声を聞かれそうだね」
「それはちょっと恥ずかしい……」
でも、もっとキスがしたくて、ねだるように求め合った。身体が熱い、疼く。
それにしても幸山さんのこんな姿、想像できなかった。エッチなこととか興味ないと思っていたのに、欲情した表情に色気が帯びて、我慢できない。
「もう無理……っ、ごめん。付き合ったその日から盛るとか」
「ううん、すごく嬉しい。たくさん触って欲しい……幸山さん、好き」
ニットのカットソーを捲り上げられて、胸元が露わになる。新調した下着をつけていたけど、恥ずかしくて目元を覆うように隠した。
「そんなにマジマジと見ないで。恥ずかしい……」
「それはちょっと難しいかも。こんな目の前にあって、我慢できる男がいたら会ってみたいよ。それよりもベッドに行く? それとも一緒にシャワーを浴びる?」
「……幸山さんから遊び慣れた言葉を言われると、少しショック」
「いや、俺も一応男だからエロいことは考えるし、明日花さんでエロい妄想もしていたから」
するんだ、こんな真面目に見えた幸山さんでも妄想するんだ。エッチなことをしている彼を想像して、さらに愛しさが増した。
エッチなことが好きなのは自分だけじゃないんだ。
そう思ったら我慢していた気持ちが溢れて、気付けば挑発するように抱きついていた。
「私、すごく愛が重いと思うけど、いいのかな?」
「多分、俺も。明日花さんに対しては相当嫉妬深いかも。あの男より沢山触れていい?」
お互いの服を脱がし合って、戯れる様にベッドへと傾れ込んだ。
甘い時間が始まる。きっと、忘れられない夜になる。
——……★
「幸山さん、見た目よりも結構ドS……」
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