〈3〉


「剣の修行してたんなら、こんな怪物さくっと倒せるんじゃないんっすか!」


 そう言いつつも、アサヒはビレトの所持品に肝心要の剣がないと気付いていた。どれほど鍛えていたとしても、武器がなければ徒手空拳で相対するしかないのだが、五年間の剣術の修行を経たビレトに武術の心得はない。案の定、ビレトは「師匠には『剣を持たせるには百万光年早い!』と怒られてて……」と、申し訳なさそうに肩をすくめる。光年は距離の単位だが、訂正している余裕はない。サイクロプスは前菜とばかりに潰したコケムストリを丸呑みして、羽毛の付着したその右手をビレトとアサヒに向かって伸ばしてきた。


「うわわわっ!」

「やべっ!」


 言い争いはモンスターから逃げながらでもできる。ビレトとアサヒは、とにかくサイクロプスから距離を取るべく走り出す。衣類がまとめてある麻袋はサイクロプスの足元にあるので、のちほど回収しに戻るとしよう。だから、わずかな小銭の入った巾着袋と一尺のラッパが、現在のビレトの荷物だ。アサヒにいたってはコケムストリに突かれていた焦げ茶色のローブのみ。身軽な少年たちだが、足を動かすだけではいずれ追いつかれてしまう。知恵を働かせて立ち向かわなければならない。


「転生者なら、師匠みたいにさくっと倒してよ!」

「無茶振りぃ!」

「その、ぷろげーまー、なんでしょ!」


 ビレトは『プロゲーマー』がなんたるかを理解していない。理解させるのには、まず『ゲーム』のない世界での『ゲーム』の説明から始めなくてはならないので、現在の緊迫した状況では難しい。また、ビレトは身近にいた転生者が剣の達人だったことから、アサヒもまたすさまじい戦闘スキルの持ち主だと予想し、この生命の危機を脱するための神がかり的な一撃を期待している。


「ところでビレト、この世界には『天才とは99パーセントの努力と1パーセントのひらめき』って言葉は伝わってるっすか?」


 発明王エジソンが発した言葉、とされている格言だ。サイクロプスとの追いかけっこは、ビレトがその単眼の視界に入らぬ木陰へとアサヒを連れ込んで、いったん落ち着いた。なんとか息を整えてから、アサヒは「ところで」と話を切り出す。


「……聞いたことないな」

「この言葉の解釈は二通りあって、一つは『めっちゃ努力していないとひらめいたって何も生み出せない』っていうのと、もう一つは『すんごい努力していたとしてもひらめかないと何も始まらない』っていう」


 努力とひらめき。どちらに比重を置くのかは解釈次第だが、どちらも必要不可欠だ。


「ビレト、お前は五年間努力してきたっす! そうじゃないんっすか?」

「うん……頑張っては、いたと思う……」


 努力はしてきたが、実を結ばなかった。厳しい修行の日々が、徒労であったとは思いたくはない。思いたくはないのだけど、事実として、師匠から破門を言い渡されている。すなわち、この五年間は無駄だったのではないか。


 視線を落とすビレトのアゴを掴んで、アサヒは翡翠色の瞳で見つめた。


「1パーセントのひらめきは、時の運っす。っす!」

「そう……かな……?」

「だって、こうして自分に出会えて、これからミカド? っていうのになるっすから!」


 何の根拠もないのに、アサヒは堂々と言い放った。クライデ大陸の支配者をあらわす“ミカド”という単語に疑問符を付けているにも関わらずだ。


「そうだよ……ボクには『才能』がある……!」

「そう! ビレトには『才能』がある! 何もなかったら、五年もの長い間、修行できないっす!」


 その根拠のない自信と、クライデ大陸一の魔法使いによるお告げが組み合わさって、ビレトを勇気づけた。


「そうだ!」

「投げ出さずにやってきた! すごい!」

「ボクはすごい!」

「見ず知らずの人を助け起こした! えらい!」

「倒れている人は無視しちゃいけない! 困っている人たちを救いたい! ボクは、!」


 ビレトは、心の奥底――自らの肉体の内側にありながら、自らの知らない場所――からパワーがあふれてきて、そのパワーが全身を駆け抜けていくような感覚を感じた。クライデ大陸における魔法とは、想像する力だ。言葉は音として発声すれば、より具体性が増してくる。


「今まさに! 自分たちは困っている!」

「サイクロプスを倒す!」

「行けっ! ビレト!」

「行ってくる!」


 そう宣言したビレトの右腕が、ひじの部分から変化していく。服を内側から破いて、肌にびっちりと黒いウロコが生え揃う。指の骨が太く膨らみ、硬化して、鋭利なツメになった。


「わーお」


 アサヒは感嘆の声を上げた。王族のあかし……ドラゴンの血を継ぐ者にしかできない形状変化だ。右腕以外は人間のもののままなので、その差異が際立つ。銀の髪と、黒光りする腕のコントラストがまぶしく映えた。


「……どう?」

「カッコイイっす!」


 ビレトはアサヒの賛辞を照れ笑いで受け止めて、浮遊魔法で浮かび上がる。見失っていたターゲットの姿を捕捉したサイクロプスが、次こそは仕留めてやるぞと両腕を振り上げて突進してきた。


「うおりゃああああああああああああああああああああああああああ!」


 ビレトは直滑降しながら、サイクロプスのその単眼にドラゴンのツメを突き立てる。小さきものからの強襲を受けて、サイクロプスはうめいた。


「あぎゃあ!」


 サイクロプスの両肩に両足をつけて自らの右腕を引き抜いてから、ビレトはサイクロプスの喉仏にツメを突き刺す。急所に一撃だ。


「ぎゃ、ぎ、……」


 巨大な怪物は仰向けに倒れる。緑色の血を浴びせられて、今度はビレトが「おぁあ」とうめいた。モンスターの血は、人間のものよりもベタベタとしている。


「ナイファイ!」


 アサヒは落ちていたビレトの麻袋を拾い上げ、中からタオルを取り出し、ゲーマー流のねぎらいの言葉とともに渡した。ナイスファイト、の略だ。

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