第37話 Sideシリウス~やるべきこと~
「セレン!!」
セレンが飛び出していった扉を見つめ、私は愕然とした。
さっきまで心穏やかに楽しく二人で過ごしていたというのに、ロゼが来て、プレゼントを私に差し出してから顔色が変わったセレン。
そしてその理由に、私はすぐに気づくことになる。
「? あれは──?」
さっきまでセレンが座っていた向かいの椅子に残されているのは、リボンで丁寧にラッピングされた袋。
ずっと背に何かを隠していることは気づいていたが、これだったのか?
私が呆然とその袋を手にすると、後ろからポプリが硬い声をかけた。
「シリウス様。それはセレンシア様が、貴方へのプレゼントにとつくられたものです」
「私に?」
私は再び手に取った袋に視線を向けると、その深い青色のリボンを引き解き、中のものを取り出した。
すると──。
「これは……剣帯……?」
白い大鳥にセージの葉……。
所々線が脱線しているところが不器用な彼女が作ったものであることを証明しているようだ。
「まぁ……ひどい出来ですわね……。セレンシア様、あまりに出来が悪くて出せなかったのでしょうか」
私の手の中にあるそれを覗き見てたロゼが声を上げる。
その声にあからさまな嘲笑が滲んで見えて、私は眉を顰めた。
「ロゼ。すまないが、君からのものは受け取れない。先ほどは言いそびれたが、女性からのプレゼントは昔からセレンや家族から以外は受け取っていないんだ。……それに私には、これがある。食事は部屋に運ばせる。出ていてもらえないか?」
我ながら冷たい声だったとは思う。
セレンの【寝言の強制実行】の力を何とかしてもらいたいからとこれまで当たり障りなく接してきたが、セレンを侮辱することは許せない。
せっかく作ってくれたのはロゼも同じだろうが、そこを曖昧にしていてはセレンに誠実ではない気がした。
「っ、わかりましたわ。……失礼します」
僅かに顔を歪ませてから、ロゼは持ってきた剣帯を手に部屋を後にした。
「……はぁ……。セレン……っ」
私が先ほどのセレンのただならぬ様子に、彼女が作ったであろう剣帯を手にぎゅっと握りしめると、「シリウス様」と背後から声がかけられた。
「ポプリ?」
振り返るとポプリが、たまらないといった表情で眉を潜めて口を開いた。
「セレンシア様は、シリウス様の誕生日に剣帯へ自分で刺繍を施したいからと、ストローグ公爵令嬢のもとにご教示願いたいと自らお願いに行かれておりました。何度も門前払いをされても諦めないセレンシア様に心動かされたストローグ公爵令嬢は、それからカルバン公爵家に通って教えに来てくださったのです」
「ここに? だが私が帰って来た時は──」
「はい。シリウス様はロゼ様をお連れになりました。セレンシア様は納得されているようでしたし、王太子殿下がいらしていたということは、何か深い事情があるのだと私は思っておりますが、誤解をしている者も多くおります。シリウス様が、愛人をお連れになった、と」
「愛人!?」
まさか!!
そんなことあるはずがない!!
だって私は──私は、セレンしか見ていないのだから。
「シリウス様がどれだけ長い間こじらせてきたか、ずっとおそばにいた私は知っています。ですが、はたから見れば、これまでのシリウス様の態度は好き避けとはみられません。セレンシア様を嫌っている。なのに、セレンシア様はシリウス様に無理に突き合わせている。──そんな見方をする者も多いのです。そのような中で突然結婚をされ、そして遠征先で女性を連れ帰ったのです。当然の反応でしょう」
「っ、それは……」
分かっている。
自分でも過去の自分を殴ってしまいたいくらいには。
結婚を機に自分の本当の気持ちを出す努力をしても、そう簡単にこれまでが覆らないことなど、わかっていたのに……。
先ほどのセレンの愕然とした顔が目に浮かぶ。
仕方ないとはいえ、セレンが楽しみにしていた泉も、セレンの中で苦に変えてしまった。
セレンを守るために騎士になって、この間の賊が襲ってきた時、本当にセレンを守る騎士に慣れたのだと感じた。
だが違う。
根本的にそうじゃない。
たった一人の大切な人の身を守れる騎士にはなれても、心を守れなかったら意味がない。
「あなた様のために。苦手なはずのストローグ公爵令嬢に教えを請い、ご自身の行いで令嬢にカルバン公爵家の女主人であることを──シリウス様の妻であることを認めさせたのです。こじらせたあなたの態度で周囲のセレンシア様への目は厳しいことは、セレンシア様ご本人もわかっていたでしょうに」
「っ……!!」
そうだ。
身をもって知っていたはずだ。
それでも私は態度を変えなかったのに。
「突然に結婚し、セレンの夫という立場を手に入れなければ素直にもなれないなんて……、ただの臆病者だ」
「セレンシア様を、きちんと妻にしてあげてください。周りが何も言えなくなるほどに、セレンシア様を認めさせてください」
「ポプリ……」
そうだ。
セレンにわからせる前に、やるべきことを放棄してはいけなかった。
セレンの──彼女の名誉を回復させるべきだったんだ。
「……セレンを、探してくる」
私は静かにそう伝えると、手に持ったままの剣帯を腰に巻き、足早に部屋を後にした。
***
昼間はポカポカとした空気に包まれ、にぎやかな声が行き交う町も、夜ともなれば肌寒さと静けさに支配されている。
「がっはっはっはっはっ!!」
遠くから酒場の者であろう男たちの笑い声が聞こえてきて、良くない想像をかき消すように私は首を横に振って思考を散らした。
「セレン……セレンはどこだ……!!」
辺りを見渡しても人影もなければ気配すらない。
セレンの性格なら、自分のテリトリー以外を一人でうろつくことはない。
個の噴水広場までが限界だろうが……。
「──いた!! おーい!! シリウス!!」
「!! 騎士団長?」
静かなこの空間に響く声。
私を見つけるなりに走ってくるのは、この国の騎士団長ロベス・バスターラその人だった。
「ここにいたか!! 話が──」
「今はそれどころじゃ──」
「セレンシアちゃんは騎士団にいる!!」
「!?」
騎士団に?
あぁ、そうか……夜回りの騎士が保護をしてくれたのか?
騎士にはその義務がある。
そんなことも気づかなかったとは……私はポンコツか。
「っ……ありがとうございます。すぐに迎えに──」
「駄目だ」
「!? なぜ!!」
私の妻を迎えに行くのになぜ止められなければならない!?
早くセレンと話をしたい。
その焦りが語気を強くする。
「セレンシアちゃんが、今は会いたくないと言っているんだ」
「!! セレンが……?」
そのはっきりとした拒絶の言葉に、言葉が詰まる。
嫌われた?
……それはそうか。
新婚旅行の途中で任務に出て、しばらく帰ってこないと思えば娼婦を連れて帰り、その道中には彼女が楽しみにしていた泉にまで行っていたことがわかったのだから……。
自分でもひどい仕打ちだと思う。
もし私がセレンの立場なら……。考えるだけで胸が苦しくなる。
なのに私は、今までの私の態度でも傍にいてくれた彼女ならわかってくれる。
そう思い込んで──……。
今までだって平気なわけではなかったはずなのに。
「まぁ、今は少し時間をやれ。彼女も、自分を落ち着けようとしてるんだ」
「っ……はい……」
そうだ。
冷静にならねば。
今のまま会っても、私は感情をただぶつけるだけしかできないだろうから。
「それより、話がある」
「話?」
「ロゼについて。そして、魔法使いについて──」
「!!」
宵闇耽る中。
私が息を呑む音だけがそこに響いた──。
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