第三章 寝言の強制力とその真実
第30話 ストレスフル
「シリウス様、見てください。綺麗なお花……!! 庭師の方にいただきましたのよ。シリウス様もどうぞ」
「シリウス様、このお食事、とても美味しいですわね!! 私、とっても気に入りましたわ」
「シリウス様、コルセットの紐が絡まってしまって……。緩めてくださる?」
緩めてくださる? ……じゃねぇ~~~~~~っ!!
「はっ……!!」
いけないわ。つい心の言葉遣いが悪くなってしまった。
だけどそれも致し方ないはずだ。
それだけストレスが溜まっているのだから。
魔法使いかもしれないという美女で元娼婦のロゼさんがこのカルバン公爵家に来て一週間。
早くも私の心労が限界に来ていた。
なぜなら、彼女はシリウスにたいそう懐いていて、彼から離れようとしないのだ。
最初は、突然知らない場所に連れて来られて不安なのだろうと、ここに連れてきたシリウスにべったりなのは刷り込みのようなものなのだろうと、目を瞑ってきた。
だけどここのところは少し……いや、かなりひどい。
隙あらばシリウスに過剰にボディタッチをするし(シリウスは優しく払いのけているけれど)、甘えたような声ですり寄る。
食事を共にするときにはシリウスに「シリウス様、あーん」と彼の口に自分のスプーンに乗せた食べ物を運ぼうとしたり(シリウスはやんわり拒否していたけれど)……。
極めつけは、夜、夫婦の寝室に侵入し、シリウスの隣で寝ようとしたのだ。この女は。
幸いすぐに気づいて未遂に終わったし、さすがのシリウスもキツく叱ってはいたけれど、あれはいつかまた同じことを繰り返す。絶対に。
彼女が来てからシリウスは少し忙しい。
朝早く、私よりも先に起きて支度をし、ご飯を一緒に食べたら仕事に行き、いつも通りの時間に帰ってきても、夕食の後は書斎で一人、何かに追い詰められるかのように仕事に没頭している。
寝室に戻ってくるのは、いつも私が眠った後だし、家にいる時間は基本ロゼさんがついているから、二人の時間はほぼ無い。
「……寂しい、か……」
気持ちを認めて、向き合おうとした矢先にこれだ。
神様。私が一体何をしたというのでしょうか?
「セレンシア様。そろそろストローグ公爵令嬢の刺繍レッスンのお時間ですよ」
後ろからポプリに声を掛けられ、我に返って時計を見ると、メイリー様の屋敷に行く時間。
ロゼさんが来てから、私は客人が泊まっていてご迷惑をおかけするかもしれないので、後は自分で刺繍をすることを伝えた。
すると彼女は、
「あと少しとはいえあなたに任せていたらこれまでのことが水の泡になりそうですわ!! カルバン公爵家でやりずらいならば、こちらの屋敷にいらっしゃい!! 最後まで私が監修しますわ!!」
と、半ば強引にストローグ公爵家で刺繍をすることが決まったのだった。
本当に、意外にも面倒見の良いお方だ。
そんな彼女を待たせるわけにはいかない。
「奥様?」
「ん?」
「大丈夫、ですか?」
ポプリが気づかわし気に私を覗き込む。
あぁ、気づいているのね、私の複雑な気持ちに。
出さないようにしているけれど、さすが長年ここで仕えてきた侍女。
彼女の目は誤魔化せない。
でも──。
「気遣ってくれてありがとう。でも、大丈夫よ。だって私は、シリウス・カルバンの妻だもの」
シリウスがロゼさんに優しいのは仕方がない。
シリウスは元々女の子に優しい紳士だったのだ。
……私以外の女の子に。
だから、今に始まったことじゃないわ。
「そう、ですか?」
「えぇ」
私はただ、そんな人気者の妻を演じるだけ。
タイムリミットのその時まで。
「じゃぁポプリ、行って来るわね。ロゼさんのこと、よろしくね」
「はい、かしこまりました。お気をつけて」
ポプリに見送られながら、私は馬車でストローグ公爵家に向かった。
刺繍途中の剣帯が入ったバスケットを大切に抱えて。
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