妹の方がかわいいから私を捨てるんですか? ええ、喜んで! ぜひ婚約破棄しましょう!

志鷹 志紀

第1話

「お前と婚約破棄する」


 謁見の間で凜と告げたのは、私の婚約者でありフォレスト王国の王子。

 その名はアノス・ルール・フォレスト。


 小麦色の肌に輝く金の髪という、彼の持つ『太陽の化身』という異名にふさわしい見た目の彼は、今は冷酷に私を睨み付ける。


「婚約破棄ですか? 一体、どうして?」


「リアラ・ルリストよ、お前が犯した罪を自覚しているか?」


「私の……罪ですか?」


 考えども、全く思いつかない。

 私は幼少期から王子の婚約者として厳格な教育を受けてきて、一切の汚点を犯すことも許されなかった。

 そんな私が、一体どのような罪を犯したというのでしょう。


「……申し訳ございません、アノス様。思い当たる節がございません」


「……罪の意識もないというのか、冷酷な悪女め……!」


 王子は唐突に手を鳴らした。

 すると謁見の間の扉が開き、1人の女性が入ってきました。


「お姉様……酷いです……!」


 絹のような金の髪を揺らし、麗しい蒼い瞳を潤ませ。

 天使のような美貌を持つ女性が、甘えるような声で私を罵倒してきました。


「ラリスタ……? どうしてここに?」


「気安くボクの”婚約者”の名前を呼ぶな」


「……”婚約者”ですか?」


 私の妹、ラリスタ。

 厳格に育てられた私とは違い、蝶よ花よと愛でられて育てられた妹。

 天使のような美貌びぼうを持つが故に、あらゆるワガママが許された妹。


 結果、ラリスタはとんでもない悪女になった。

 あらゆるワガママを遂行すいこうし、欲しい物はどんな手段を使ってでも手に入れる。

 公爵家という立場を利用して犯した汚職は数知れず。 


「……なるほど、そういうことですか」


 全てを察しました。

 ですが念のため、理由を聞いてみましょう。


「殿下、1つだけ聞いてもいいでしょうか」


「なんだ?」


「……私と婚約破棄をする理由についてです」


「簡単だ」


 王子はニタリと笑い、ラリスタを指差しました。


「お前の妹、ラリスタの方がかわいいからだよ。それにお前はラリスタをいじめただろ?」


「……やっぱり、そうだと思いましたわ」


 幼い頃から、ラリスタは私の”婚約者”という立場を妬んでいました。

 だからこそ、こうして奪いに来たのでしょう。


 ラリスタは美貌を利用して、王子に詰め寄ったのでしょう。

 そして、「私は姉にいじめられている」とウソを吐き、悲劇のヒロインのように振る舞った。


 その後は今の通り。

 私にヘイトを向けさせ、王子との婚約を勝ち取ったのでしょう。


「こんなに麗しい子をいじめるなど、お前は人の心がないのか」


「そうです! 酷いですわお姉様!」


「お前のような人非人ひとでなしとは結婚などできない、だからこそ婚約破棄をする」


「お姉様、因果応報ですわね」


 お前が言うなと言いたいところですけれど、今はガマンですわ。


「……そうですか」


 正直、失望しました。

 ラリスタのヘタな演技とウソに騙される王子に。

 そこまでして”婚約者”という立場を欲しがった妹に。


 私自身、王子に恋愛感情なんて抱いたことはありません。

 王子は確かに魅力的な容姿ですけれど……体育会系すぎてタイプではなかったです。


 だからこそ、最初に婚約破棄を申しつけられた時、動揺こそしましたが絶望は皆無でした。

 むしろ、厳格な教育を受ける必要がなくなったことによる、開放感が勝りました。


「……婚約破棄でしたよね?」


 自然と口角が上がってしまいます。

 これから訪れる、自由な貴族生活が待ち遠しくて。

 妹に待ち受ける、楽ではない生活が滑稽で。

 美貌だけで妹を選んだ、無能な王子の末路が楽しみで。

 ついつい────


「ええ、喜んで! ぜひ婚約破棄しましょう!」


 ────満面の笑みで答えてしまいました。

 

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