本編

 俺が広場に着いた時、盆踊りはすでに始まっていた。それはこの村の最大の行事だった。明るく照らされた広場、大音量で流されている江州音頭・・・だがそこに昔の賑やかさはなかった。踊るのは少数のお年寄りばかり・・・顔見知りどころか、若い者の姿はなかった。


 俺は場違いな感じを覚えたが、それでも一応、輪の中に入って見様見真似で踊ってみた。すると忘れていた昔の思い出がよみがえってきた。その中にはあの3人の幼馴染と遊んだことも・・・。


 俺たちは大人たちに交じって少しばかり踊った。だが俺たちの目当ては別にあった。それは露店のりんご飴だった。その頃は露店がずらりと立ち並んでいた。りんご飴をなめながら、よく渡と信二とで金魚すくいの競争をした。そういえば美穂だけは新しい浴衣を着て、うれしそうにいつまでも踊っていたものだった。そして盆踊りが締めになっても俺たちはしばらくそこにいて、余韻に浸っていた・・・そんなことを思い出していた。


 やがて時間は過ぎていった。いよいよ村の盆踊りは締めとなった。これで村の伝統行事が一つ消えることになった。俺は子供の頃の思い出が消えてしまうような・・・そんな物悲しさを感じていた。だがこれは始まりなのかもしれない。

 この村に戻ってくる仲間はいない。俺もそのうちそうなるだろう。だとしたら・・・。


(この村はなくなるだろう・・・)


 そう思うと俺はたまらない気分になった。そして久しぶりに夜の村を散策したくなった。俺の記憶に少しでもとどめるために・・・。

 俺は家に帰らず、その辺をぶらぶら歩き回った。村の道は電灯も少なくて暗いが、その分、月と星が照らしてくれる。


「あの道を行って・・・この道を・・・」


 子供の頃に抜け道として使っていた道はよく覚えている。その道は今も変わらずそこにあった。俺は思い出に浸りながら歩いていた。


 どれくらい歩いただろうか、自分の感覚ではかなり遠いところまで来た感じがした。すると俺の後ろから誰かが近づいてくる気配があった。


(おや、誰だろう? 今頃こんな道を歩いてくるなんて・・・)


 俺は振り返った。すると暗闇に3つの人影が浮かんでいた。それが少しずつこっちに近づいてくる。俺は誰だろうと目を凝らしてみた。するとそれはあの3人だった。


「信二、渡、美穂じゃないか! 久しぶりだな!」


 俺は声をかけた。表情ははっきり見えないがどうもきょとんとしているようだ。


「俺だ。正平だ。覚えているだろ!」


 俺がそう言うと確かにわかったようで3人は笑ってうなずいた。


「こんな夜中に3人でどこに行くんだ?」


 俺が聞くと信二は右手で山の方を指さした。そこは確か、お寺があるはずだった。こんな夜中に・・・だが俺は思い当たった。


「はあ、肝試しか! そう言えば子供の頃にやったな。それは面白そうだ。よし、俺も行くぞ!」

「いっしょに行こう」


 渡が笑顔で言った。子供の頃、こうして夜の寺まで肝試しに行っていた。彼らもこの村に帰って来て懐かしさのあまり、肝試しをしようということになったのだろう。


「覚えているか? 俺が一番怖がりだったのを。途中で逃げたこともあったよな」

「ああ、覚えている。そうだった」


 俺の話に信二と渡はうなずいた。俺は話しながらも3人に何か違和感を覚えていた。どうも他人行儀で口数が少ないように思えるのだ。それに昔と少し様子が違うような・・・。そういえば美穂がおとなしいのが気になった。以前は明るくて騒がしいほどだったのに・・・。


「美穂。おとなしいな。前はうるさいほどしゃべっていたくせに」

「そうだったかしら・・・」


 美穂はそう答えただけだった。やはり違う。3人ともしばらく会わないうちに都会に染まって大人になってしまったということか・・・。


「3人とも東京にいるのだってな。どうだ? 東京は?」


 俺が尋ねると3人は黙ってしまった。言いたくないことがあるようだ。東京で辛い目に合ったのかもしれない。それなら無理に聞くことはない。俺は別のことを聞いてみた。


「こっちにも帰ってきていなかっただろう。家の人も喜んだだろう?」

「ええ、ご馳走をいっぱい作って迎えてくれた」


 美穂が答えた。信二も渡もそうだという風にうなずいた。


「それはよかったな。どれくらいぶりなんだ? 帰ってきたのは?」

「半年かな」

「半年か。じゃあ、ちょくちょく帰ってきていたんだな」

「信二と渡も一緒だった。東京までお父さんとお母さんが迎えに来てくれて・・・」


 そんな話をしているうちにようやくお寺に着いた。村の寺だが今は誰も住んでいない。必要な時に本山から派遣されるのだ。


「肝試しでここに来てよく見つかって怒られたもんだな」

「そうだったな」


 お寺にもお燈明があげられていた。その灯りが3人の顔を照らした。ずっと明るい笑顔でいたと思っていたのだが、その顔はいやに青白く無表情だった。


(もしかして信二たちは何かに憑かれているのか?)


 俺はそう感じた。知らず知らずに霊に取りつかれてとんでもないことになったというのを聞いたことがある。もしかしたら3人はそうなってここに引き寄せられたのかもしれない。このままでは3人が危ない。


「もうやめよう。帰ろう」

「もう戻れない。ここまで来たらいっしょに行こう」


 信二はそのままお寺に入って行った。その後に渡と美穂も続く。俺は嫌な予感を覚えながらも、仕方なくその後を恐る々々ついていった。


 昔から肝試しの最終地点はお寺の本堂の前だった。そこで引き返すことになる。その本堂に行く前に多くの墓石の並ぶ墓地の横を通らねば場らない。ここがかなり不気味だった。


「今日も怖く感じるな・・・」


 俺がそう言って辺りを見渡した時、墓地の方に見たのだ。火の玉を・・・。それはゆらゆらと俺たちをまるで誘っているかのようだった。


「おい、火の玉だ!」


 俺がそう言ったものの信二も渡も美穂も動じない。まっすぐ歩き続けている。


「おい、ヤバいぞ。もう引き返すぞ」


 俺は怖くなってそこから逃げようとした。すると何を思ったか、信二と渡、そして美穂までが俺をしっかりと捕まえた。


「逃がさない!」

「おい、冗談言うなよ。俺は怖がりなんだ!」

「いっしょに行こう。みんなでいっしょに行こう・・・」


 信二たちは本堂ではなく墓地の方に向かっていた。そこには火の玉が浮かんでいる。昔やったように俺を怖がらせようとしているには違いないが、これはやり過ぎだ。


「俺は帰る! 放せ!」


 だが3人はしっかり俺を捕まえている。明らかに悪ふざけが過ぎる。


「やめろ! 俺はそんなところに行きたくないんだ!」


 俺は必死に抵抗して何とか信二たちの手を振り払って逃げた。そして振り返ってみると、信二と渡と美穂が墓地の方に入って行った。そしてそこで俺は見たのだ。火の玉とともに3人の姿がすうっと消えてしまったのを・・・。


(大変だ! 信二と渡と美穂が幽霊に連れ去られた・・・。どうしよう・・・)


 俺はパニックになって、その寺を飛び出して灯りの見える方向に駆け出した。もう怖くて振り返ることもできない。3人がどうなったか、かなり心配なのだが・・・。


 息を切らしながらも必死に走り続けた。もう夢中でどれくらい走ったかはわからなかった。ようやく我に返って気が付くと道のお燈明の前に来ていた。先ほどまでの恐怖がまだ残っており体が震えている。

 そこにお燈明を片付けに来た村の人がやって来た。村の人と会って俺はやっとほっとできた。その村の人は息を切らした俺を怪訝そうに見た。


「どうしたんじゃ? そんなに息を切らして」

「それが・・・それが出たんです! 火の玉が!」

「火の玉? どこで出たんじゃ?」

「お寺の墓地です」

「どうしてそんなところ行ったんじゃ? こんな夜中に」

「肝試しです。そんなことより大変なんです!」


 俺は必死に訴えた。


「信二と渡と美穂と行ったんです。そしたら火の玉が現れて・・・。3人が墓地に消えてしまった! 幽霊に連れていかれたんです! 何とか助けないと・・・」

「そんなことはないはずじゃが・・・」


 その村の人は妙な顔をした。幽霊の話なんか信じてくれないのかもしれない。


「嘘じゃないのです。信じてください!」


 俺はなおも食い下がった。だがその村の人は意外なことを俺に告げた。


「信二も渡も美穂もいやせんから」

「どうして?」

「3人は半年前に東京で死んだんじゃ。交通事故で。3人が乗った車がトラックと衝突してしまってな。気の毒じゃった・・・」


 俺は驚きで声が出なかった。すると俺がずっといっしょにいたのは・・・。


「初盆だったはずじゃ。それで家に帰って来て、また戻っていったのじゃろう」


 その村の人はそう言って、お燈明を片付けて行ってしまった。そこに一人残された俺はひどい寒気に襲われた。


「もし俺があのまま3人といっしょに行っていたら・・・」


 そう思うと額に冷や汗が流れてきた。それを右腕で拭うと、そこに青黒いあざができているのを見つけた。


(何だ! これは・・・)


 俺は急に体に違和感を覚えてあわてて服をめくってみた。するとそこには強い力で引っ張られたようなあざが無数にできていた。


 ◇


 今年の夏も俺は実家に帰省した。村は相変わらず退屈だ。俺は別に誰に会うというわけでもなく、家でぼんやりと過ごしていた。

 あの後、朝になってすぐに3人の家に行った。線香を上げながらそっと遺影を見た。そこに写る顔は、あの夜と同じ笑顔だった。俺には3人が死んだことが信じられなかった。まだそこいらにいて、「正平!」と声をかけて来るのではないかと・・・。だが月日の立つのは早い。俺は去年の出来事などとうに忘れてしまっていた。


 8月15日の夜が来た。もう盆踊りはない。村はひっそりと静まり返っていた。寂しいほどに・・・。俺は別にやることもなく、部屋で寝そべって本を読んでいた。すると窓がどんどんと叩かれる音がした。風かと思ったがその音は執拗に、そして大きくなっていった。


「何だ?」


 俺はカーテンを開けた。そこにいたのは・・・・


「うわっ! やめろ! 来るな!」


 俺は叫んだ。窓の外には信二、渡、そして美穂が立っていた。3人は笑ってこっちを見ていた。


「いっしょに行こう・・・」


 部屋に3人の声が響き渡った。そして閉まっていた窓ががらりと開いた。そこから身震いするほど冷たい風が吹き込んで来た。

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いっしょに行こう 広之新 @hironosin

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