第17話 隠れ蓑の私服

 終礼のあと、おれはいちばんに教室を飛び出して校舎の階段を駆け下りた。


 琴守こともり嶋本しまもとが寄るつもりなのは、ショッピングモールのなかにある大型の本屋らしい。

 そうひじり会長が教えてくれた。


 そのショッピングモールは学校から一駅ぶん離れたところにあって、本校の生徒にとっては定番の寄り道スポットだ。

 徒歩で行けば二十分ほどで、電車でも待ち時間を含めたら二十分はかかる。

 バスでも行けるけど本数が少ない。


 つまるところ、最速は自転車である。急げば数分で到着できる。


 おれは駐輪場でシティサイクルを取り出し、立ちこぎで猛加速する。

 日が陰っているぶん多少なりとも暑さはマシだったけど、ペダルを強く踏めば踏むほど額から汗が伝った。


「琴守の課題が増えたら……手伝わされる……それはだるい……」


 自転車をかっ飛ばしつつ、自分に言い聞かせるように呟いた。


 昼休みには聖会長からいろいろ頼まれたような気がするけど、ぜんぶ忘れた。

 ゼロ年生を守ってとか言われた気がするけど、さっぱり忘れた。忘れたということにした。


 だから会長に頼まれたからショッピングモールに行くわけではないし、会長の想いに応えようとしているわけでもない。


 ただ単に琴守の寄り道がバレたら面倒なのだ。


〈親友を作る〉という課題だけでも一筋縄ではいかないのに、さらに課題が増えたら非常に邪魔くさい。


 だからおれは仕方なくショッピングモールに行く。ふたりを助けてあげようとか、そんなことは考えていない。決して、これっぽちも。


 おれはほどなくしてショッピングモールに到着し、自転車を駐輪場にたたき込んでから入り口へと走った。


 ひとまず授業中に最低限の作戦はイメージしておいた。


 琴守と嶋本を陰から見守り、見回りの先生にバレそうになったら助けに入る。そんなかんじだ。


 できれば、おれが介入することなく寄り道が完了してほしいところだ。

 おれが助けに入ると、琴守が喜んでしまう。それはそれで対処に疲れるから隠密行動で済ましたい。


 まずはファストブランドの店に入った。なんでもいいから上下の服を買い揃え、そのまま着替えてから店を出た。スクールバックもコインロッカーに預ける。


 これで制服は脱ぎ去られ、完全に私服姿になった。

 こうしておけば見た目だけなら寄り道しているようには見えない。


 おれが真っ先に先生に見つかってしまうと作戦がお釈迦になるので、まずは自分の身を守ろうというわけだ。


 しかし冷静になってみると、これしきのために服へ出費したのが馬鹿らしくなってきた。

 このぶんのお金があれば何時間ゲーセンで遊べたことか……悲しい……。


 ともかく準備は万端だ。気持ちを切り替えて西側の入り口を目指す。


 あのふたりが電車で来るか徒歩で来るかはわからないけれど、どちらを選んでも入ってくるのは西側だ。


 大型ショッピングモールの長い通路を進んでエスカレーターに乗ったとき、嫌な人影を見つけた。


 生徒指導の畑中先生! 社会科の教師のくせに体育教師みたいに身体がゴツく、指導も厳しいことで有名だ。


 それにしても先生の到着が早すぎる。おれは間違いなく最速で来ているし、服を着替えたりはしたけど入店から十分も経っていない。


 いや待て。畑中先生、こっちに来てるんだけど。

 これはまずい。エスカレーターの上だから逃げられないんだけど!


 おれがエスカレーターから下りると、目の前に畑中先生の巨体があった。


 必死に目を合わせないようにしたけど、向こうはがっつりおれを見た。


 大丈夫だよな? 制服着てないもんな? 怒られたりしないよな?


 一気に冷や汗が流れ出た。新品のシャツが濡れていくのがわかる。

 しかし、数秒経っても畑中先生が声をかけてこない。


 不審に思って顔を上げると、すぐ異変に気づいた。

 畑中先生のようすがおかしいのだ。


 背中は丸まっていて目は虚ろ。おれのほうを向いているのに焦点は合っていない。

 意識も曖昧なように見えた。まるで催眠術か何かで操られているかのような……。


 瞬間、おれは恐ろしい可能性に思い当たり鳥肌が立った。

 畑中先生はヒズミによって操られている! そうとしか思えない!


 おれがにわかに戦慄していると、畑中先生の目が怪物のようにぎろりと動いた。

 その目線の先にはふたりの男子生徒がいた。笑い合いながらこちらに向かって歩いている。


 彼らもまた、禁止令が出たのに寄り道している蛮勇だろう。


 おれは心のなかで合掌する。名も知らないふたりの男子よ、ご愁傷さま。


「友達と……寄り道は……禁止……」


 畑中先生はカタコトで呟くと、ずんずんとふたりのほうへ歩いて行く。

 そのさまはゾンビ映画さながらだった。


「げ! 畑中だ!」

「やべえ!」


 男子生徒が気づいたときには時すでに遅し。畑中先生は瞬く間に男子の腕をつかんで連れ去っていった。


 やはり畑中先生はヒズミのコントロール下にあると見て間違いない。

 夢遊状態で意識はないくせに「寄り道している生徒を捕まえる」というアルゴリズムには忠実だった。


「しかしまあ、困ったな……」


 ぎり、と奥歯を噛みしめる。


 いまの一幕を見るに、ヒズミはかなり厳しく寄り道を取り締まる方向に作用している。

 これは非常に分が悪い戦いになりそうだ。


 ひとまずヒズミ対策として制服を脱ぐのが有効だとわかった。

 制服を着ていればすぐに捕まるし、私服であれば見逃してもらえる。大きな発見だ。


 さて、この情報は琴守たちに伝えるておくべきだろうか。

 いやしかし、おれがふたりを助けるために労力を割いたとは知られたくない。

 きっと琴守なんかは「やっぱり雨谷くんは優しい!」などとほざいて大騒ぎするに違いない。それは嫌だ。


 なんてふうに情報提供を渋っていると、通路の奥にふたりの女子の姿を見つけた。

 琴守と嶋本だ。ついに到着したようだった。

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