第16話 頼まれごと

 琴守こともりが罰則を回避できるとしたら、方法はひとつ。

 寄り道がバレないようにすることだ。


 張り紙には〈違反した生徒が発見された場合〉と書かれていたから、裏を返せば発見されなければ無問題となる。


 ならばそれほど心配する必要はない。寄り道中に先生と出くわすことなんて、滅多にないからだ。

 がっつり生活圏が被っていたら鉢合わせてもおかしくないけど、少なくともおれは学校外で先生を見かけたことはない。


 だから琴守たちが強烈な悪運を発揮しないかぎり、寄り道はバレない。

 そんなふうに楽観的にとらえていたのだけれど、おれはすぐにヒズミの恐ろしさを知ることになった。


 昼休みに入ってすぐのこと。


 四限終了のチャイムが鳴り終わるや否や、数秒も経たずして生徒会長のひじり舞紘まひろがおれのクラスに現れた。


雨谷あまがいけいくん、少しいいかしら」


 凜々しく澄んだ声にクラスじゅうの視線が集まり、にわかに教室が色めき出す。

 クラスメイトのほとんど全員が憧れや羨望の眼差しを会長に向けていた。


 おれはひと目を避けたくて速やかに廊下に出た。


「なんでチャイムの五秒後に一年生のフロアにいるんですか。三年生は隣の校舎なのに」


「生徒会長だから、私」


 またワープしてるよ、この会長。


「それで、まだ何か用事でも?」


 おれは廊下の隅まで会長をつれてきてから訊ねた。会長は声を潜めながら言う。


「ええ、そうよ。雨谷圭くんにだけ伝えておきたいことがあるの」

「おれだけですか……」


 きな臭いな。めんどうなことを頼まれそうな気配がする。


 会長はすぐに本題に入った。


「今回のヒズミについてだけれど、何人もの先生が放課後の見回りに出るわ。だからあの子たちの寄り道は必ず見つかると思っていたほうがいいわ」


 おれは知らず知らずのうちに唇を噛んだ。


 ヒズミが想定を上回った。

 バレなければいいと思っていたけど、どうやら十中八九バレてしまうらしい。


「それで、会長はなんでその話をおれだけに?」

「あの子たちにいまの話を伝えても、どうせ寄り道するでしょう?」

「回答になっていないですよ。おれに伝えた理由を聞きたいんです」


 聖会長は目を閉じて短く息を吐き、それから口を開いた。


「話を変えるわ。あなたは自分をどのような生徒だと思っているかしら、雨谷圭くん」


 そんなの答えは決まっている。


「委員会や部活には入っていなくて友達もいない独りぼっち。成績は可もなく不可もなく。性格もめんどくさがりで、いいとこなしの残念な男」


「謙虚を通り越して卑屈だわ」会長が困ったように笑う。「私はね、あなたのことをとても高く買っているの。あなたが特異体質になったのも偶然ではないわ」


「……何が言いたいのかよくわかりません」

「はっきり言葉にするわけにはいかないの。あなたのためにならないから」


 聖会長は瞬きひとつすることなくおれを見ていた。

 その焦点はどこか曖昧で、より深みにあるものをとらえているように感じた。


「いま私が『あの子たちをヒズミから守ってあげて』と頼んだら、あなたはそれを言い訳に使う。『生徒会長に命令されたから仕方なく助けてやるんだ』といったふうにね」


 悪寒がした。

 このひとはおれのことを見透かしている。頭のなかを切り開いてのぞかれているのではないかと思うくらい、おれのことを正確に理解している。


「……本当に、あなたは何者なんですか」

「ただの生徒会長よ」

「そう言うと思いましたよ。質問の意図を正しく汲んでもらえませんか」

「そうよね、ごめんなさい。ただね、私もこうなりたくてなったわけではないの」


 生徒会長の表情が深い憂いに沈む。

 生徒会長という固い仮面の奥にある、本当の顔。


「きっと疑われているでしょうけれど、本当に私はゼロ年生の案内役に過ぎないし、何者か問われたら『生徒会長』としか答えられないわ」

「その話を聞かされても納得できないですけど……せめて目的を教えてくれませんか」

「目的? どういうことかしら」

「ゼロ年生の世話をする理由がわからないんですよ。その目的を知りたいんです」


 おれが訊ねた瞬間、会長の瞳に優しい色が灯った。


「いまより少しでも快適な学校にしたいだけなの。こういうのって、生徒会長なら当たり前に望むことじゃないかしら」


 いつも会長は独特なオーラがあってとらえどころがないのに、このときだけはふつうの学校のふつうの生徒会長にしか見えなかった。


「本当に、それだけなんですか」

「そうよ。不完全な高校生であるゼロ年生たちにも、ふつうの学生生活を楽しんでほしいの。もちろん、あなたにも素敵な青春を送ってほしいと願っているわ」


 聖舞紘は魔女みたいな存在だけど、やっぱり本質はただの生徒会長なのだろう。

 そのことに気づいた瞬間、わずかに聖舞紘という存在を受け入れられたような気がした。


 だからおれは、渋々と口を開く。


「……要するに、琴守と嶋本しまもとを助けてやってほしいんですね」

「そんなふうには一度も言っていないわ」


 おい、そこは話を合わせる流れだっただろ。


「でも……あなたが少しでもゼロ年生たちの力になりたいと願うのであれば、あの子たちをヒズミから守ってあげてくれないかしら」


 お願いします、と柄にもなく頭を下げる会長に、おれは何も返せなかった。

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