第15話 寄り道のリスク
〈友達を誘い合わせたうえでの寄り道を固く禁ず。違反した生徒が発見された場合、追加の課題を与える〉
会長に言わせれば、この張り紙がヒズミの影響だという。
しかし、現実が歪められたという割にはこじんまりとした規模に思えてしまう。
「さっきも訊きましたけど、これって校則と何がちがうんですか?」
「ヒズミはゼロ年生現象の一部だし、その影響は強力よ。だから並の校則より拘束力が大きいはずだわ」
「拘束力?」
「生徒会長の私が言うのはよろしくないけれど、校則は見て見ぬ振りされることが多いわ。スカートは膝丈、携帯は学習以外の用途では使用しない、漫画の持ち込み禁止、それから寄り道禁止。どれも軽視されている校則じゃないかしら」
たしかにきちんと機能している校則というのは少ない。
女子のスカート丈なんて、女子はみんなある程度短くしているけど、短くしすぎない限りは先生から注意されていない。
「つまりこの張り紙は校則より影響が強い、と?」
「ええ、そうなるわ。だから違反したときの罰則も絶対でしょうね」
寄り道が発覚したときには〈追加の課題を与える〉と張り紙には書かれている。
この罰則が例外なく適応されるということか。
しかしまあ、おれにとっては非常に厄介な話だ。
ゲーセンに寄り道したのがバレてしまうと宿題が増えてしまう。
「理解してもらえたかしら。
ゼロ年生の悩みは大きな質量をもって現実の校舎をゆがめ、特異な現象を引き起こす。
それがヒズミ。
「わかりはしましたけど……」琴守は完全には整理しきれていないようす。
「……まあ、理屈は」おれもひとまずうなずく。
というか、おれは部外者だよな?
ここまで当たり前みたいに説明を聞いてしまったけど、特異体質になってるだけでゼロ年生現象とは無関係だよな?
知らないあいだに大きな渦に巻き込まれたりしていない?
おれが戦々恐々と震えていると、琴守も不安そうに眉を落としていた。
「今回のヒズミは……だれの心のせいですか?」
いつも単純明快に返す
ゼロ年生の教室はきのうまで狭かった。でも琴守が編入した次の日に教室は広くなってしまった。
ならば、だれの心がヒズミを起こしたのか、火を見るよりも明らかだ。
琴守には何か悩みがあるのか?
久しぶりの学校に浮かれていたのではないのか。
「楓花、気にしなくていいよ。あたしも絵菜もいっぱいヒズミ起こしてきたから。あたしは体育館をライブ会場に変えて、入場料が必要になるようにしちゃったしね」
「私は男子の制服をぜんぶスカートに変えてしまったことがあります……」
これまで
琴守は先人から暖かい言葉をもらい、感激して瞳を揺らしていた。
「亜莉栖ちゃん、絵菜ちゃん、ありがとう……」
琴守が目尻を擦り、照れ臭そうに笑った。
ゼロ年生は幻の学年ではあるけれど、彼女ら三人は同級生として馴染んでいるようだった。
編入生の琴守も自然と受け入れられていて、ふつうのクラスとなんら変わりがない。
「まあしばらくは様子見かな。ヒズミ、だいたい何日かしたら解消するから」
「あ、そうなんだ」
亜莉栖は得意げに説明し、琴守は安堵して胸をなでおろす。
「歪んだものには元に戻ろうとする力が働くものよ」聖会長が付け加えた。「だから時間が経てば――だいたい一週間ほどすればヒズミは修復されるわ。現実側の歪みが押し返してきて、広がった教室を元通りにするのよ」
なるほど。とりあえず面倒ごとが起こっても放置すれば治るということらしい。それなら気にしなくてもよさそうだ。
「でも今回のヒズミはマズいよ」亜莉栖も続ける。「寄り道がバレたら〈追加の課題〉なんでしょ? これってゼロ年生も課題が増えるってことだよね」
一般生徒のおれにとって〈課題〉は宿題のことになるけれど、ゼロ年生の〈課題〉というのは進級課題のことになる。
これが増えるのはゼロ年生にとってかなりの痛手だ。
亜莉栖の鋭い視点に、聖会長も同意する。
「岸亜莉栖さんの指摘は正しいでしょうね。この張り紙の文言は、ゼロ年生にも適応できるように書かれているように見えるわ」
「うん、だからしばらく寄り道はやめておこうね」
「そっかあ。残念だけど仕方ないね」
素直に琴守がうなずく一方で、気まずそうに苦笑いを浮かべる女子がひとり。
「それでも私は寄り道します……」
この厳しい状況下で、嶋本は臆することなく宣言した。
「な、なんで!? 危ないよ!」
「好きな漫画の新刊発売日が、きょう、なんです」
目を見開く亜莉栖を無視し、嶋本は「きょう」のところを強調しながら言った。
「絵菜ちゃん、漫画は逃げないよ? ヒズミが終わってからにしよう?」
「いえ、きょうでなくてはいけないんです。一刻も早く読みたいですし、何より初動の売り上げに貢献したいんです。まだ人気が固まっているタイトルではありませんから」
「絵菜がオタク全開になっちゃったよ……」
熱くなる嶋本に、亜莉栖はやれやれと首を振った。
「覚悟はできているので大丈夫ですよ。きょう新刊が手に入るなら課題なんていくらでも増えていいです」
「よ、よくないよ! 危ないよ!」
「楓花、無駄だよ。オタモードの絵菜は何を言っても聞かない」
「はい。ヒズミ程度に私はとめられません」
嶋本は控えめな性格だと思っていたけど、このときばかりは堂々としていた。
「そ、それなら……!」
琴守は嶋本の威勢に一瞬ひるんだように見えたけど、負けじと一歩前に出た。
「わたしも絵菜ちゃんの寄り道についていきます!」
「いやいやいやいや……」
琴守がとんでもないことを言い出すものだから、思わずおれの口から言葉がついて出た。
いまの琴守にとって〈追加の課題〉は致命傷だ。
文化祭までというタイムリミットがあるのだから、課題が増えるのはリスクが大きすぎる。それがわかっていないのか?
「あのなあ、琴守は文化祭までに一年生にならないといけないんだろ? 寄り道がバレて課題が増えたりしたらかなりマズいぞ」
亜莉栖が「そうなんの?」と訊ねると、琴守は課題の封筒を見せて説明した。
琴守の課題は文化祭までの期限付きだ。間に合わなかったときには、大きすぎる罰が待っている。
「うわ、楓花の課題ってそんな条件付きだったんだ……。それなら絵菜の寄り道についていくのはやめときなよ」
「そうですよ。私の課題が増えるぶんには問題ありませんけど琴守さんは……」
嶋本もうなずいていさめようとするが、琴守は首を横に振る。
「お願い。ついていかせて。わたしは大丈夫、ほんとに大丈夫だから」
生真面目に頭を下げる琴守を見て、だれも言葉を継ぐことができなくなった。
きっと琴守は責任を感じているのだろう。ヒズミを引き起こしたせいで、漫画を買いたい嶋本に迷惑をかけている。
気持ちはわかるけど、リスクとリターンがまるで釣り合っていない。
「ほんとに心配しなくても大丈夫だよ。わたしには雨谷くんがいるから!」
唐突にご指名が飛んできて「はあ?」と声が漏れた。
琴守は同級生ふたりに自慢げに語る。
「雨谷くんね、すごく頼りになるんだよ! わたしの課題も手伝ってくれることになってるの。だから課題がひとつ増えても平気なの」
「待て、琴守。おれの労力が増えるのは問題だろ」
「課題が増えても手伝ってくれるよね、雨谷くん」
「いや……」
「手伝ってくれるよね? ね?」
この強情め! ごり押しすればおれが従うと思っているのか?
「楓花、ほんとに大丈夫なの? 圭先輩、すごく嫌そうな顔してるよ」
「雨谷くんはいつもこんなかんじだよ。嫌そうなフリするけど、なんだかんだ言って最後には手伝ってくれるから」
フリじゃなくて本当に嫌なんだけど!
「それじゃあ絵菜ちゃん! 放課後はいっしょに本屋に行こうね!」
「は、はい……」
嶋本が申し訳なさそうにおれに目を向けた。
その慈悲だけが唯一おれの救いだった。
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