第11話 残りのふたり
「きみ、
片方の女子は、リボンやフリルなどが大量にあしらわれた派手な衣装。たとえるならアイドルのそれだ。
自然なふうにメイクされた顔に計算された仕草。ひとに見られることが前提とされたかわいさがあって、芸能人然としている。
「ち、近くにこないでください……。男の人の匂いは……刺激が強いです……」
もうひとりの女子が顔を背けながら言う。
服装はいわゆる地雷系だろうか。顔は整っているが、縁の薄い眼鏡だけが馴染んでいなくてどこか地味な印象を受ける。
あと、視線の置き場に困るくらいスカートが短い。
ひとりはアイドル衣装。もうひとりは地雷系。
まったく異なる服装だったけれど、ひとつだけ共通点があった。部分的にチェック柄の生地が混ぜ込まれているのだ。
パジャマ制服と同じような印象に残るアクセント。
「あ、あの……」琴守が恐る恐る口を開く。「わたしの同級生の……ゼロ年生?」
訊ねると、アイドル衣装の子が食い気味に答える。
「そうそう! あたしは
「うん……! 亜莉栖ちゃんね! よろしくお願いします」
「ほら、
亜莉栖に背中を叩かれ、もうひとりのゼロ年生がうなずく。
「
「うん! 絵菜ちゃんって呼んでもいい……?」
「は、はい……!」
嶋本はくすぐったそうにしながらもうなずいた。
どうやらおれも自己紹介をしておく流れみたいだな。
「おれは一年生の――」
「男の人は私の半径十メートルは立ち入り禁止です! で、出て行ってください……!」
嶋本がぴしゃりとおれの話を遮断した。
「まだ自己紹介すらしてないんだけど……」
「男子に近寄られるのがダメなんです! 好きになってしまうので……」
なんだそれ。好きになってしまう?
「絵菜は男の子が大好きなんだよねえ。ちょっと関わり持つとすぐに恋しちゃうから、距離を置くようにしてるんだ」
めちゃくちゃな理屈だ。いかにも男嫌いみたいな態度を取るくせに好きなのかよ。
「おれ、そんなにいたらまずいのか……?」
「ダメです……! 匂いとか声とか見た目とか、ぜんぶの要素が……。あ、ちょっと興奮してきました」
「嶋本、けっこうやばいやつだな」
「あ、名前も呼ばないでください……ときめいてしまいます……」
いくらなんでもチョロすぎないか。通り魔みたいな勢いで恋愛しないでくれ。
「そこまでだよ。きみはこれ以上絵菜と会話しないこと! 絵菜がきみのこと好きになっちゃうから!」
「そうだよ雨谷くん! 女の子ならだれでもいいからってすぐに絵菜ちゃんに手を出そうとしたら許さないからね!」
亜莉栖が身を挺して絵菜を守ると、なぜか琴守まで便乗してきた。
「女の子ならだれでもいい」とか一度も言ったことないんだけど、琴守はなんで怒ってんの?
「それはそうと楓花、なんで朝っぱらから男子とハグなんてしてたの? ふたりは付き合っちゃってるの?」
「ちちち、ちがうよ! そんなのじゃなくてね……」
亜莉栖がニマニマしながら掘り返すと、琴守は顔を真っ赤にして手を振った。
「ゼロ年生ってみんな課題が出されるんだよね? わたしのがこれなんだけど……」
琴守が課題の紙を見せながら事情を説明すると、亜莉栖は得心して大きくうなずいた。
「なるほど、親友ねえ。じゃあふたりは協力関係ってわけか。ならぜんぜん付き合ってないんだね?」
「うん、そうだよ」
琴守が首を縦に振ったのを見るや、亜莉栖は口の端を大きくあげて笑った。
「それなら、きみ!」
亜莉栖が唐突におれの鼻先をびしりと指差した。
「え、おれ?」
「そう! あたしのファンになって!」
「はあ?」
わけがわからず首を傾げていると、亜莉栖はその場で華麗にターンを決めてみせた。
「ズバリ、あたしは後輩系学園アイドル! 後輩がいないはずの一年生でも推せちゃうゼロ年生の後輩アイドルなんだ! カノジョがいないなら、きみも先輩としてあたしのこと推してくれないかな!?」
決めポーズとウインクが完璧。本物のアイドル顔負けだ。とはいえ。
「いや、推さないけど」
「なんで!?」
「だってきみ、ゼロ年生といっても本当は一年生なんだろ。後輩アイドルを名乗ってるみたいだけど、おれにとっては後輩じゃないだろ」
答えたとたん、膝から崩れ落ちる亜莉栖。
「いきなりキャラ崩壊させないでよお……」
「推してほしかったらまず『きみ』って呼ばずに名前で呼んでくれ。おれは
亜莉栖が顔を上げ、目をぱちぱちさせながらおれを見た。
「特異体質……。うん、わかった。よろしくねえ、圭先輩」
「だから先輩じゃないんだって」
「癖だから仕方ないの。許してね、圭先輩」
先輩呼びはともかく、初対面から下の名前で呼んできたことに驚かされた。
たぶん一端のアイドルとしてファンとの距離感をフラットに演出しようとしているのだろう。まあ本物のアイドルかは知らないけど。
「あ、あの、お話が盛り上がっているところごめんなさい。そろそろ限界です……男の人のにおいが教室に充満して……」
嶋本は右手で鼻をおさえていたのだけど、その手には血が伝っていた。鼻血だ。
「正直、興奮がとまらなくて困ります……」
気まずい空気のなか、ぽたぽたと血が床に落ちた。
「うわ、久しぶりの鼻血だね、絵菜。保健室いく?」
「亜莉栖ちゃん、ここって何か拭くものある?」
「ふたりともごめんなさい……」
慌ただしく女子三人が動き出す一方で、おれにやれることはなかった。
このままゼロ年生の教室にいても嶋本の鼻血が加速するだけだろうし、おれはそそくさと退室して一年生のフロアへと戻ることにした。
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