失踪者たちについて

第26話・古林と渡鍋

「娘が行方不明か」


 佐野という刑事が行方不明になった。成人男性の失踪などよくあることだが、刑事の行方不明は少し毛色が違う。

 過去に捕らえた犯罪者の恨みを買って、捕らえられたり殺害されている可能性。それだけではなく、佐野は警察手帳と拳銃を持っての失踪。


 事件に巻き込まれて殺害されただけではなく、拳銃が盗まれて他の事件に使われでもしたら――


 警察は行方不明になった佐野の行方の行方を追う――担当になった古林と渡鍋は、佐野が残した情報を元に、彼の足跡をなぞっていた。


「次の角を曲がった先だ」


 若い古林が車の覆面パトカーのハンドルを握り、助手席の渡鍋が残っていた赤い油性ペンでチャックが入っている地図を片手にナビゲートする。


 佐野は四十五歳で離婚歴あり、娘の親権は母親。面会日を設けることもなく――佐野が仕事ばかりで家庭を顧みないことが離婚理由なので、わざわざ面会日を決めても、会いに来ることはできないだろうということで。

 佐野もそれで合意したと、事情を聞いた別れた元妻が証言した。


 佐野と娘の陽菜は、離婚後はまったく会っていなかった。元妻も佐野とは会っていなかった。

 養育費だけは振り込んでいた。そんな佐野のもとに、別れた妻から連絡があったのは、今から九ヶ月ほど前のこと。

 着信履歴で埋め尽くされたスマホを見れば、刑事でなくとも嫌な予感がするもの。

 電話をかけると、すぐに元妻が出て、娘が行方不明になったことを知った。


 娘の行方不明で取り乱している元妻と、電話越しで話していても埒が明かないと、佐野は詳しい話を聞くために、久しぶりに有給休暇を取り、自家用車で娘と元妻が住んでいる市を目指した。


 元妻が住んでいるアパート近くのコインパーキングに自家用車を停め、アパートへ向かった。


「売家の看板が建っている、あの家ですね」


 元妻は娘の行き先に心当たりがないと言った。


 娘は自宅にスマホを置いたまま――娘がスマホを置いて家出するとは思えなかった元妻は、警察にそのことを訴えたのだが「お母さんが知らないスマホを契約しているのでは? 最近の子は、親に隠れてもう一台持っている子も少なくないですよ」と言われてしまった。


 娘のスマホはロックがかかっていたが、元妻の名義だったこともあり、ショップでロックを初期化することができた。


 だが元妻は、スマホに残された情報から探すべきか? 分からず、その間にも時は流れ、焦って元夫で刑事の佐野に連絡した。


 佐野はロックが解除されたスマホを手に取り――佐野はあまりスマホの類いが得意ではなかった。

 だが苦手だとも言ってはいられないとばかりに、スマホをいじって、娘の友人にたどり着いた。


 娘の友人は最初は知らないと言ったが――


「事故物件で一人かくれんぼとは」


 売家の駐車場に覆面パトカーを停め、車から降りた古林が漏らす。


 佐野の娘の友人が最初喋らなかったのは、不法侵入をしている自覚があったから。佐野の娘が「事故物件で一人かくれんぼ」をしたのは、一度や二度ではない。


「この売家の一階の窓の鍵がたまたま開いていたと」


 渡鍋はチェックが付けられた地図の裏側に、セロハンテープで貼られたメモを読む。佐野はスマホだけではなく、ネット関連について疎かったので、紙で娘の捜査資料を作っていた。


 佐野が行方不明になる直前まで乗っていた、自家用車の助手席に、これらの資料が残されていた――当初は自家用車が残された近辺を調査した警察だったが、まったく痕跡がみつからないので、捜査の範囲を広げ、その一つとして、佐野が残した娘の調査資料を追っている。


「そんなこと、あるのでしょうか?」


 古林が家の周囲をうかがう。不動産業者が言っていた通り、庭はしっかりと手入れがなされていた。

 渡鍋は不動産業者から借りた、売家の鍵で玄関ドアを開ける。

 十年も売り家になっている家だが、室内の空気もさほど澱んではなかった。


「この部屋ですね」


 古林は佐野の娘のスマホに残っていた、一人かくれんぼを撮影した動画の一つと、背景が一致していると指定する。


「そうだな」


 渡鍋は古林のスマホの画面をのぞきこみ、おそらく子ども部屋だっただろう部屋へと視線をうつす。

 この売家は十年前に一家が行方不明になった家だとされていて――渡鍋が調べたところ、本当に一家が行方不明になっていた。


「それにしても、よくそんな情報が手に入ったな」


 渡鍋はインターネットでこの売家の情報を調べてみたが、そんな情報は一つもなかった。


「誰かから直接聞いたんでしょう」


 二人は家の中を一通り確認して外へと出る。


「両隣に話を聞いてみるか」


 二人はまずTAKAHASIと書かれた表札が出ている家へと向かい、インターフォンを押した。

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