第06話・電話がかかってきた 2

 掲示板の人たちの意見を参考にしてネカフェにパソコンに、ブログのアドレスを入力して、掲示板のアドバイスに従って検索すると、ソースコードにメールアドレスをみつけることができた。




>>情報収集目的のブログで

>>コンタクトが取りづらいって

>>なんかおかしく感じる




 あの言葉は引っかかったけれど「野島真弓の姪です。叔母一家についてなにかご存じでしたら、このメールアドレスに返信ください」とメールアドレスをそえて浪川麻衣子さんにメールを送った。



 メールはスマホに届くよう設定して、ネカフェをでた。


 これでメールが届いたら――ネカフェで連絡先を見つけて、フリーメールアドレスを取得してメッセージを送るまで高揚していたけれど、


「なにも変わらない……か」


 ネカフェの外に出て歩き出したら、その高揚感はすぐにしぼんでいった。

 きっとわたしには叔母一家を見つけることなんてできない。

 なにも変わらないし、なにもできない。いつもと変わらない日常が続くだけ――自宅にもっとも近いスーパーに立ち寄る。

 数日分の食料を買って帰ろうとカゴを持ったら、いきなり電話が鳴った。


「電話? NPO法人?」


 急いで画面をみると「そこにはNPO法人」と書かれていた。

 登録している番号でもないのに、なぜそんな表記がされるのか不思議に思ったけれど、通話をタップする。


「佐倉弥生さまの電話番号で、お間違いないでしょうか?」


 落ち着いた大人の女性の声が聞こえてきた。


「はい……そうですけど」

「いま、お時間よろしいでしょうか?」

「はい」

「わたくし、熊谷と申します。当方は――」


 そのNPO法人は、借金やDVなどで行き場を失った人たちを保護、治療して、社会復帰ができるよう手伝う活動をしている。


 ホストにはまって、行方不明になっていたあの子が、死んだと知らされた。


 わたしは空の買い物カゴをもどす。そのとき自分の手が震えていることに気付き――店外に出た。


 あの子は売掛金が払えず、風俗の道を選び、推しのホストの何番目かの女――金蔓にされて、金を渡せないと殴られてを繰り返していた。

 金をむしり取っていたホストが往来であの子を殴り、巡回していた警察官が止めに入り、あの子は病院に搬送された。


「児童養護施設の職員から連絡をいただいておりまして。もっと早くにみつけて、保護できたらよかったのですが」


 あの子が誰かに助けを求めることができないように、スマホに登録されている連絡先は全部削除されていた。


「あなたの電話番号だけは覚えていて、連絡を取って欲しいと頼まれました」


 打ちどころが悪かったらしく、あの子はわたしの携帯番号を熊谷さんに伝えたあと容態が急変して亡くなった。


「葬儀はこちらで執り行うことになりました。つきましては、佐倉さまにも列席いただきたいのですが宜しいでしょうか」


 あの子はもうじき燃えてなくなってしまう。冷や汗が吹き出て、手が震える。


「あ、あの……いま出先なのでメモできないので、帰宅してからかけ直したいのですが」

「わかりました。佐倉さまの都合のよい時間に、この番号に掛けてください。お待ちしております」


 通話は切れず――マナー研修で、電話を掛けた側から通話を切ってはいけないと、教えられたことを思い出し、タップして通話を切った。


「はぁ……はぁ……はぁ……電話番号覚えてたなら、連絡してくれたら……たすけたのに……」


 連絡をくれたら、助けたよ!

 助けたのに!

 ……出来ないことは分かってる!

 高校を卒業して、社会人一年目の、頼れる大人がいないわたしに連絡しても、問題が解決しないことは分かる!

 分かるけど!


「連絡して、欲しかった……よ……」


 顔を覆ってうずくまった。

 そしたらすぐにおばさんに声を掛けられ、さっき買い物のために入ったスーパーのくつろぎコーナーにつれていかれ、上等な箱ティッシュと、


「好きなのを取って」


 コーヒーや紅茶などのペットボトルが五本並べられた。


「あ、あの……」

「もう一回聞くけど、体調不良じゃないのね」

「は、はい……あの、こ、高校の友人の訃報が……卒業したばかりで、死んじゃうなんて……って」


 おばさんは、ティッシュを数枚取ってわたしに手渡してくれた。


 少し泣いて、


「あのありがとうございます。ご迷惑をおかけして」

「いいのよ。あ、ちょっと待ってて」


 おばさんはそう言うと売り場へ向かい、すぐに戻って来た。そして財布から千円札を何枚か取り出し、


「あなたのご友人へのお悔やみ。受け取って」


 買ったばかりの不祝儀袋に入れて、わたしに差し出した。


「あの……」


 あの子に対してのお悔やみを”もらえない”というのは、おかしな気がするから、断り切れなかった。


「こういうお話を聞いて、なにもしないで帰ると、わたしが気になって寝られないの。中年女性の睡眠のためだと思って受け取って」


 箱ティッシュと残った飲み物と香典を受け取って、そのおばさんと別れた。


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