第三七話 勝負の行方は


「これで最後だッ……!」


 隙を突く形で撃ち込まれた火属性の魔法が、ゾルダの脚部へと直撃し――


「むっ」


 奴の両脚が、そのとき、ドロリと溶けた。


「金属は温度に応じて、性質を変える……!」


 融点以下なら固体。

 融点を超えれば液体。


 空気抵抗による摩擦熱に加え、我が火属性魔法による温度上昇により、金属で構成されたゾルダの足は今、液体へと変じていた。


「過去の俺達はお前の速度に付いていけず、その弱点を突くことも出来なかった」


 だが今は違う。


戦乙女ヴァルキリー》へと生まれ変わったソフィア。それはただ一つの変化に過ぎないが、しかし。


 その変化こそが、勝利の鍵だったのだ。


「やっちゃえ、オズッ!」

「あぁッ!」


 我が火属性魔法の奥義。

 平時であれば掠らせることさえ出来なかったであろう、大技。

 しかし。


「その状態でッ! 躱せるものならやってみろッ!」


 突き出した掌から豪炎が放たれる。

 それは渦を巻いて推進し……巨大化。

 全てを飲み込み、焼き尽くさんとするその姿は、まさに竜の化身であった。


「ふはっ――」


 断末魔と呼ぶには、あまりにも明るい声。

 次の瞬間、奴の全身が炎に包まれ……魔法が消失すると同時に、俺は拳を握り締めた。


「オ、オズ」

「あぁ。俺達の勝利だ」


《邪神》の姿はもうどこにもない。

 豪炎によって飲み込まれた奴の巨体は今や、液体化した金属の塊となっている。


「さすが、ですな。オズ殿」


 ダメージが回復したか。エリザがこちらへと歩み寄り、称賛の言葉を投げてきた。


「俺の力じゃない。ソフィアが居てくれたからこその勝利だ」

「ふふんっ! まぁ~ねっ! あたしとオズは無敵の――」


 完全なる戦勝ムード。

 そんな我々の興奮を、断ち切るかのように。



「詰めの甘さは筋肉の成長を妨げ……勝利を遠ざける」



 声。

 淡々としたそれが耳に届いた瞬間、俺達は一斉にそちらへと目をやった。


 ドロドロに溶けた金属の塊が、変異している。

 首だけの状態ではあるが、しかし……奴はまだ、死んではいない。


「チィッ!」


 再びの火属性魔法。だが、発動と同時に敵方が凄まじい速度で再生。


 首から下が一瞬にして形成される。


 当たらない。

 この一撃は回避されてしまう。


 そう確信し、俺は次の手を探ろうとするのだが……奴は動かなかった。


 躱せるはずのそれを、棒立ちのまま、受けてみせた。


 果たして灼熱の奔流はゾルダを飲み込み――


「そんな、馬鹿な」


 ほんの僅か程度のダメージしか、与えることが出来なかった。

 今し方の大技はゾルダの鋼体を融点に導くほどの火力を有していたはず。

 なのに、どうして。


おれを構成する物質は、金属の性質を持つ微生物の集積体だ」


 両腰に手を当てながら、ゾルダは自身が有する力を滔々と語り始めた。


「それらは破壊された瞬間、自己修復、あるいは増殖を行い、より強い形へと変化する。破壊と再生を繰り返すことで筋肉が強化されていくように、な」


 それは、つまり。


「我が鋼体は完全消去しない限り何度でも再生し――」


 言葉の途中。

 俺は腹部に衝撃を覚えた。


「――再生する度に、我が戦力は倍増する」


 反応出来なかった。

 俺達は皆、ゾルダの動きが見えなかった。

 気付いた頃には、もう……俺の腹部に、手刀が突き刺さっていた。


「がッ……!」


 激痛を感じると共に、臓腑から込み上げてきたそれを吐き出す。

 鮮血がゾルダの腕に降りかかり、びちゃびちゃと音を鳴らした、そのとき。


「こ、のぉッ!」

「疾ィッ!」


 ソフィアとエリザ、両者が《霊装》を振るう。

 漆黒の刃と真紅の穂先は、しかし、あえなく空転。

 いつの間にか奴は離れた場所に立ち、こちらの腹に空いた風穴を見て、


「その傷では一手分のミスも許されない。さぁ、どうする? 大賢者」


 重傷を負ったことによる激痛は、脳内物質の大量分泌を以てしても和らぐことなく。


 迫り来る死神の気配が、俺の肉体機能を極限のそれへと引き上げた。


 目に映る全てが鈍化する。


 赫怒の情を見せるソフィアとエリザ。


 ……ダメだ。闇雲に突撃しても意味がない。


 現時点において、最適解となる行動は。


「エリザッ……! 機を見て、走れッ……!」


 具体的な説明が出来るほどの余裕はない。

 だが彼女なら読み取ってくれるだろうと俺は信じた。


 反応を待つことなく、次の一手……魔法による攻撃を放つ。


 殺到する超高温の火属性魔法。

 それを前にして、奴は太い笑みを浮かべ、突進。


「一手分のミスも許されぬと、そう言ったはずだぞッ! 大賢者ッ!」


 ゾルダの目には、考えなしの一撃に映ったのかもしれない。

 だが、こっちからしてみれば。


「お前は、知識不足だ……!」


 豪炎の只中を突き進むゾルダが、我が眼前へと躍り出た、そのとき。


「ほう」


 奴の全身にヒビ割れが生じ、動作が停止する。


 これは金属の性質によるものだ。


 高温になると伸びて、低温になると縮む。

 それらが急激に生じた場合、金属は大きなダメージを受ける。


 奴の行動はこちらの読み通りだった。


 灼熱の中を進み、自らの体を高温状態にして……

 事前に魔法を発動し、超低温環境となっていたこちらの目前へと、やって来た。


 その温度差によって奴の鋼体に不具合が生じたのだ。


「やはり窮鼠は猫を噛むものだな。実に素晴らしい」


 拳を構えたまま悠然と立つゾルダへ、俺は次手を打った。


 土の属性魔法。

 大地を隆起させ、敵方の全身を覆い尽くし、圧縮。


 それからすぐに土塊の性質を炭素へと変化させ、さらに圧縮。


 やがてゾルダは煌めく宝石……ダイヤモンドの檻に封じ込められた。


 ダイヤモンドは衝撃にこそ弱いが、引っ張る力には極めて強い。

 その封牢は奴に密着する形となっているため、打撃による衝撃でそれを破壊することは不可能。


 これで、時間稼ぎは出来た。


「オズ殿ッ!」


 エリザの声が耳に届いてからすぐ、視界に映る景色が一瞬にして変化した。


 あぁ、よかった。

 彼女はこちらの意図を汲んでくれたらしい。


特殊技能オリジナル・アーツ》を発動させた彼女は超スピードで以て、俺とソフィアを抱きかかえつつ、現場から離脱。


 敵方から大きく離れたことを確認すると、俺は治癒の魔法で以て自らの傷を癒やした。


 腹部に空いた穴が瞬く間に塞がっていく。


 しかし失われた血液は戻らず……意識が、遠のいていく。


 そんな中、遙か遠方から、奴の声が飛んできた。


「破壊と再生によってッ! 大賢者よッ! 貴様はさらに強くなるだろうッ!」


 追いかけてくるような様子はない。


「再生には時が必要となるッ! ゆえに一月分の時をくれてやろうッ!」


 奴はただ、叫び続けた。


「次が最後だッ! 三度目の戦はッ! どちらかが死ぬまで行うッ!」


 楽しそうに。心の底から、楽しそうに。

 奴は我々へ、宣戦を布告する。


「一月後ッ! 貴様等の拠点へ襲撃を仕掛けるッ! 全面対決だッ! 己(おれ)が滅ぶか、貴様等が滅ぶかッ! 白黒ハッキリ付けようではないかッ!」


 それを耳にして、何かを思うよりも前に。


 俺はエリザに担がれたまま、意識を失った――

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