第三六話 数百年越しのリベンジマッチ


「戦士は常に、筋肉を育まねばならない」


 人に酷似した鋼の面貌……ゾルダのそれがギシリと歪む。

 まるで、笑みを浮かべるかのように。


「肉体的な筋肉はもとより精神的なそれもまた必須。あるいは後者こそが、もっとも鍛えるべき筋肉と言えるだろう。そして筋肉の成長とは苦痛を伴った破壊によってのみ得られるもの。それゆえに……おれは、貴様等にそれを与えに来たのだ」


 両腰に手を当て、ぐっと全身に力を込めるゾルダ。

 鋼によって構成された筋肉が膨張し、その瞬間、桁外れの圧が生じた。


「鉱山の奪還を果たし、武装面の強化を行う。それは合理的判断に基づけば良策といえよう。だが……己からすれば、屁のつっぱりにもならぬ。武装の充実は安心感という甘えに繋がり、甘えは精神をベスト・ワークから遠ざける」

 

 言い終えると、奴は片手を腰から離し、広げてみせた。

 まるで「この体たらくを見ろ」と言わんばかりに。


「大賢者よ。貴様は奴等に恩恵を与えたようだが……むしろそれは逆効果だ。どいつもこいつも戦力を増した自分に安堵していた。それではいけない。真の強さとは常に、苦境を乗り越えたときにしか得られぬもの。安楽を伴って得られた力は惰弱な精神きんにくを創る」


 太い息を吐いてから、奴は次のように締めくくった。


「前置きが長くなってしまったが、要するに――己が与える痛みを、乗り越えてみせよ」


 来る。

 そう直感したのは俺だけじゃなかった。


「顕現せよ、アグニッ!」

「来なさい、グラン=ギニョルッ!」


 エリザが真紅の槍を、ソフィアが漆黒の盾と剣を召喚し、周囲の《戦乙女ヴァルキリー》達へ叫ぶ。


「総員、撤退ッ!」

「あたし達が時間を稼ぐッ! その間に逃げなさいッ!」


 妥当な判断であった。

 奴とまともに戦えるのは我々三名のみ。

 俺、ソフィア、エリザ。この三名でやるしかない。数百年越しの、復讐戦を。


「さて……貴様、エリザといったか」


 球体状の金属、眼球にあたるそれをギョロリと動かし、ゾルダがエリザを見た。

 獣の耳を尖らせ身構える。

 そんな彼女にゾルダは、


「我等の闘争に余計な添え物は要らぬ」


 乾いた音が響く。

 弾丸の射出音に似たそれは、実際、一定の質量が音速を超えて推進した証。

 そう――ゾルダは音を超える速度で、動作出来るのだ。


「――――ッ!」


 音速移動に伴う衝撃波が我々の五体を叩く中。

 気付けば、奴はエリザの目前に立っていた。


「ちぃッ!」


特殊技能オリジナル・アーツ》の発動。


 彼女が有するそれは動作スピードの向上である。


 なるほど確かに、平時の千倍速を以てすれば、音速の戦いにも対応出来よう。


 しかし。


「――速筋を鍛えて出直してこい」


 発動を証する炎が彼女の全身から噴き上がると同時に。

 ゾルダの拳がエリザの腹部へとめり込んだ。


「がはッ……!」


 吹き飛ぶ。

 エリザの体が放物線を描きながら宙を舞い、やがて地面へと落下。


「う、ぐっ……!」


 喀血しつつも、立ち上がろうともがく。


 致命傷ではなさそうだが……もはや戦えまい。


 初手の段階で戦力が一人沈んだ。

 そんな現実を前に、心が圧し潰されそうになる。


 だが。


「来るわよ、オズッ!」


 ソフィアの叫びが耳朶を叩いた瞬間、俺は無意識のうちに動いていた。

 真横へ跳躍。

 その直後、轟音が響き渡り……地面に大穴が空いた。


「どうやら勘は鈍ってないようだな。嬉しいぞ、大賢者」


 鋼の面貌に太い笑みを宿すゾルダ。

 その全身は朱色に染まっており、中でも特に両脚が顕著であった。

 音速運動に伴う空気抵抗が奴の鋼体(こうたい)に赤熱をもたらしたのだ。


 ……前回の戦いにおいては、何も出来なかった。


 あまりにも高い戦力差に、手も足も出なかった。


 だが今は違う。


「ソフィア。プランはあのときと同じだ。君が前で俺が後ろ。いいな?」

「えぇ……! 生まれ変わったあたしの力、あいつに叩き付けてやる……!」


 かつての敗戦とまったく同じ戦法。

 さりとて、その結果は別物となろう。


「死を迎えてなお現世にしがみつき、人外となりて我が前に立つ勇者、か。胸が躍るな」


 膨張する戦闘意思。

 それが弾けたかのように、奴は真っ直ぐ飛び込んできた。


 弾丸並の速度で突撃する鋼の巨体。

 その運動能力はソフィアの反応限界を遙かに凌駕している……が、しかし。


「――――ッ!」


 なにゆえソフィアが勇者と呼ばるるようになったのか。

 それはひとえに、常人には理解し難いほどの武才と、勇気によるものだった。


「ぬぅんッ!」


 太い声と共に繰り出されたゾルダの拳。

 エリザでさえ反応出来なかったそれを……次の瞬間、ソフィアは易々と躱してみせた。


「りゃあッ!」


 返礼の斬撃が敵方に裂傷を刻む。

 奴からすれば軽傷ですらないダメージ、だが、それでもゾルダは全身を震わせ、ソフィアに畏敬の念を表した。


「ふはッ! あのときと変わらぬ狂人ぶりッ! それでこそ勇者よッ!」


 称賛するゾルダの目前に立つソフィア。


 その目は、固く閉じられていた。


 奴が踏み込むと同時に、彼女は視覚情報の全てを捨てたのだ。


 目で追うことは出来ない。

 ならば他の感覚を研ぎ澄ませ、野生の勘で以て捌く。


 常人であれば肉体的にも精神的にも実行不可能なそれを、ソフィアは容易くやってみせた。


「るぅあッ!」

「フッ……!」


 敵方に呼気を合わせ、軽やかに躍動。

 ゾルダの五体は彼女の体を掠めることさえなく、逆に、その巨体は黒き刃によって刻まれていく。


 当然ながら、俺も指を咥えているわけではない。


 身体強化の魔法で以て視神経の働きを極限まで高め、両者の戦闘を瞬きすることなく観察し……機を見計らって、火属性の魔法を放つ。


 大蛇のように地を這うそれはソフィアの股下を通り、敵方の脚部へと絡み付く。


「五秒以内に、次を撃ち込んだならッ……!」


 その一撃が勝利を呼び込むだろう。


 奴の超音速運動は確かに脅威だが……弱点はある。


 超音速で動作出来るということ、それ自体が強みであると同時に、弱みでもあるのだ。


 推進に伴う空気抵抗は物体の速度が上昇するほど強くなる。


 音を超えるスピードともなれば、襲い掛かる負荷は凄まじいものとなろう。


「高い硬度を持つ金属でさえ、その脅威からは逃れられないッ……!」


 硬さゆえに空気抵抗の力で潰れるようなことはないが、しかし。

 摩擦によって生じた赤熱は確実に、奴の鋼体を崩壊へと導くだろう。


 その瞬間が今、俺の手によって生み出された。


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