第三五話 来る

 我々に必要なのは、全体戦力の大きな底上げである。


 そのための第一手として、エリザを始めとした上層部は大規模な作戦を発令した。


 具体的には……とある鉱山の奪還。


 そこで採れる金属は高品質な《霊装》を製造するために必須な素材であり、件の鉱山を奪い返せたなら、多くの《戦乙女ヴァルキリー》にハイレベルな《霊装》を支給出来るようになる。


 さりとて、敵方もその重要性を理解しているからか、前回我々が奪還した森林地帯よりも遙かに多くの《眷属》達によって鉱山は守られているという。


 ゆえに本作戦は拠点に属する戦闘員の半数を動員した大規模な内容となっており、総司令であるエリザさえも出撃対象となっていた。


 無論、俺とソフィアも同行している。


 晴天の下、高低差の激しい丘陵地帯を進む大勢の《戦乙女ヴァルキリー》達。

 その中に溶け込む形で、俺、ソフィア、エリザの三名もまた歩を刻み続けていた。


「それにしても……昨夜はお楽しみのようでしたな、オズ殿」


 雑談の最中、唐突にブッ込んできたエリザに、俺だけでなくソフィアも目を見開いた。


「お、お楽しみ、って」

「隠さずともよろしい。何せ基地中に響いておりましたからなぁ。……オズ殿のマッサージは最高だったろう? ソフィア」


 水を向けられた途端、ソフィアは赤面して俯いた。


「そ、そんなに、うるさかった……?」

「いやなに、迷惑だったという話ではないのだ。むしろ夜に使う一品を提供してくれて感謝しているよ。きっと皆も昨夜はお前達の行為に想いを馳せ、己を慰めていたことだろう」


 満面に花が咲いたような笑みを浮かべ、エリザは言う。

 最高に気持ち良かった、と。


「お前もそうだったのだろう? 何せマッサージを終えた後も、じっくりねっとり、行為に励んでいたようだからなぁ」

「なっ……! も、もしかして、見てたの……!?」

「ふふん。わたしの耳と想像力を舐めてもらっては困るな。目で確認せずとも、嬌声の具合から、どのようなことをしているのか手に取るようにわかる。まずオズ殿はお前の――」

「ああああああああああああ! 言わなくていい! 言わなくていいから!」


 姦しい二人のやり取りを横目にしつつ、俺は昨夜の出来事を思い返した。


 エリザの言葉に間違いはない。

 マッサージを終えた後のソフィアはあまりにも色っぽく……本来なら疲労した彼女を気遣うべきだと理解しつつも、つい欲望に負けてしまった。


 汗ばんだソフィアの豊満な乳房を思う存分に揉み捏ね、吸いまくり、舐め回し、それからムッチリした太股や尻の滑らかさや柔らかさも、徹底的に楽しみ尽くした。


 そうしていると必然、行き着くところまで行ってみたいという欲求が芽生えたわけだが、その直前に起きた出来事により、欲求はたちまち消失。


 代わりに芽生えた複雑な情が、今なお心の中に渦巻いている。


「……? どうされました、オズ殿」

「ん。ちょっと昨夜のことを思い出して、な」

「ふむ。行為を回想したことでムラムラしてきた……というわけでもなさそうですな」


 首肯を返しつつ、俺は言葉を紡ぐ。


「また新たに記憶が蘇ったんだけど、内容がちょっと微妙というか」


 結論から言えば、その記憶は俺自身を強化するものだった。


 しかし、おいそれとは使えない技術であったため、手放しに喜べるような内容でもない。


「もしものときの切り札を得たってところだが……出来る限り使いたくはないな」


 と、そのように述べてから、俺は話を一旦打ち切った。


 これ以上話したところで詮無いことだし、意見を交えたい話題もある。


 それは。


「俺達は今、敵方の支配地に足を踏み入れてるんだよな」

「然り。それも中枢に極めて近いエリア、ですな」


 尻尾を揺らめかせながら、遠方へと視線を向けるエリザ。

 そこには巨大な建造物のシルエットが確認出来た。


「あたし達はまだ、一度さえ潰してないのよね。奴等の本拠地……ハイブを」

「うむ。とはいえ……奴等の安泰も長くはない。今や我々には誰よりも頼もしい救世主殿が付いているのだからな。必ずや成し遂げてみせるさ。なぁ、皆の衆?」 


 エリザに応えるかの如く、周囲の《戦乙女ヴァルキリー》達が熱意を放った。

 そんな彼女等に俺は一つ頷いて、


「……そうだな。まずはあのハイブを破壊しよう。その次は」

「別拠点との合流、ですな」


 ハイブの破壊、即ちそこを支配する《邪神》の打倒が成ったなら、極めて広範囲の土地を奪還出来る。


《邪神》の死滅は奴等の支配下にある《眷属》達の機能停止に繋がるだろう。


 そんな彼等を元に戻せば、この世界に人間の住処が復活することになる。


 よしんばゾルダを討ち果たし、そのような未来を掴み取れたなら、近郊に戦うべき相手は居なくなるため、次の広範囲領域の奪還……即ち、別の《邪神》を討伐することが我々の新たな目的となろう。


 となれば必然、エリザの言う通り、別拠点への合流・合併ということになるわけだが、


「この大陸に存在する拠点は俺達のそれと」

「セシリアが擁するそれの、二カ所となりますな」

「……その司令官はどんな人物なんだ?」

「はは。そう心配せずともよろしいかと。奴は特に癖のある性格はしておらぬ。敬虔な聖教信者で、誰に対しても分け隔てなく接し、責任感が強い。そのうえ戦力も高く、頭もキレる。まるで頭目になるべくして生まれてきたかのような女だ」

「ほう。欠点のない完璧な才女といった感じか」

「うむ。もし短所があるとしたなら…………性欲ぐらいなものか」

「性欲? ……神の僕だからこそ、そういうことに関して不寛容だと?」

「いや、その真逆だ。その奔放ぶりはわたしをも超えている」

「……癖がないって、そう言わなかったか?」

「それはわたし基準の話だな。性欲が強すぎるだけなら癖のある人物とは呼べん」

「じゃあ……エリザにとって癖のある人物って、誰なんだ?」

「…………マリアは間違いなくそう言えるだろうな」

「えぇっと、確か《霊装》を開発した魔導学者、だったか。彼女も《戦乙女ヴァルキリー》に?」

「えぇ。兄たる貴殿に再会するまでは死ねぬと言って、自ら肉体を改造したとか」

「……兄、ねぇ。俺には妹なんて居ないはずなんだが」

「妄言の可能性が高い。奴ならばそれぐらいは当たり前だ。なにぶん頭の螺旋というものが全て弾け飛んでいるような奇人であるからな」


 エリザの隣で、ソフィアが「うんうん」と大きく頷いていた。


「とはいえ、貴殿の再来と称された頭脳は間違いなく本物。奴とも早急に合流したいところだ。貴殿とマリアが智恵を出し合えば、想像もつかぬような兵器が生まれるだろう」

「けど、そのためには海を越えなくちゃいけない。……かなり先の話になりそうだな」


 海を支配領域とする《邪神》は今のところ確認されておらず、《眷属》についても同様であるため、海路を進むこと自体は難しくない。


 しかし海岸付近の領域はゾルダとはまた別の《邪神》が支配しているため、先程述べた通り、渡航はかなり先の話となるだろう。


 そんなことを考えつつ、俺は直近の目標について、エリザに問い尋ねた。


「鉱山に蔓延る敵方の情報は、掴めてないんだよな」

「そうだからこその動員数であり、わたし自らの出撃でもある」

「まぁ、これだけの数が居れば問題はないだろう。移動中も皆を強化しているわけだし、《眷属》が相手であれば――」


 必要以上に畏れることはないと、そんなふうに言葉を紡ぐ、直前。


「……ッ! この音は……!」


 遙か前方にて生じたそれはおそらく。


「破壊音、ですな」

「敵襲ってわけね」

「……先行させていた部隊はそれなりのパラメーターを持つ第三世代。これを破ったとなれば………………早急に前方へ向かうぞ。このままだと無駄に人員が減りかねない」


 俺は先陣を切る形で地面を蹴った。


 走る。走る。走る。


 現地へ近付くごとに強まる、闘争の音響。

 心の中で吹き荒ぶこの臆病風は……普段のそれではない。


 この嫌な感覚は、まさか。


「オズ」


 並走していたソフィアの美貌に強い緊張が宿る。


「負ける可能性が高いとわかってはいても、絶対に戦わなくちゃいけないときって、あるわよね」


 今の彼女はもはや、可憐な少女ではない。

 命を擲つ覚悟を決めた戦士。

 それはエリザにしても同様であったが、


「……ここが我々の死地となるやも、しれませんな」


 彼女の口から初めて、弱気が漏れ出た。


 否定すべきだとわかっている。

 嘘でもいいから、「そんなことはありえない」と断言すべきだった。しかし……目に飛び込んできた光景がそれを許さない。


 まさに地獄絵図。


 数多くの《戦乙女ヴァルキリー》達が、惨たらしい亡骸となって地面に横たわっている。


 そんな有様を創り上げた怪物が、こちらを目にして笑う。


「よう。久方ぶりだな、ご両人」


 それは、人型の人外。


 隆々たる巨体には装飾もなければ武装の類いもない。


 鋼で構成された筋肉。

 それだけで十分だといわんばかりの装い。


 事実、奴は己が五体のみを駆使して、目前に立つ全てを粉砕し続けてきた。


「ッ……!」


 これでもう何度目だろうか。


 奴が俺に、想定外の衝撃を与えてきたのは。


 ガタガタと震え始めた自分の足を、思い切り叩きながら、俺は奴を睨む。


 大賢者に敗北の苦渋を舐めさせ、人間としての勇者を殺した男。


 その名は。


「――――ゾルダ=ゴー=グラフトッ!」


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