第三〇話 研究をしよう ボール遊び編


 極めて高度な魔法を発動する際には、魔力の性質を変異させたり、量を増幅させるなど、特殊な過程……即ち、儀式を必要とする。


 その過程はさまざまだが、どのような儀式にも一つ、共通点があった。


 肉体同士の干渉。


 そこには無論、背徳的な内容も含まれているのだが、極めて健全なそれであっても儀式は成立することが確認されている。


 肉体の交わりは両者に特殊な魔力の波動を生じさせ、それがハイレベルな魔法の発動に関与しているのだと、多くの先人は結論付けていた。


 俺が有する《戦乙女ヴァルキリー》の強化能力についても、似たような仕組みなのではなかろうか。


 肉体の接触と精神的な交流によって彼我に特殊な魔力の波動が生じ、これが彼女達の体になんらかの影響を及ぼした結果、パラメーターが向上する。


 もしこの仮説が正しいとするならば。

 強化に必要な行為は、一つだけではないのかもしれない。

 それを確認するために、今。


 ――俺は手空きの《戦乙女ヴァルキリー》達と、ボール遊びに勤しんでいる。


「オズ様ぁ~! 頑張ってぇ~!」

「大賢者様なら、エリザ姉様にも勝てますわぁ~!」


 拠点内に設けられた運動場の一画。球技用コートにて。

 俺は正面に立つエリザと向き合っていた。


「はぁ。オズ殿とボール遊び。そう聞いて勇み足で駆けつけたものの……よもや球技大会であったとは」


 尻尾を揺らしながら、手に持つボールをバウンドさせるエリザ。

 だが、やる気のなさそうな言動に反し、その佇まいには隙が一切なかった。


「ようやっとオズ殿のボールで遊べるのかと、そう期待したのだが……まったく、残念でならぬ」


 嘆息する彼女の周囲には、複数の《戦乙女ヴァルキリー》達が立っていて、


「まぁまぁ、たまにはこんなふうに健全な遊びもいいでしょうよ」

「皆との交流にもなりますしね~」


 この球技はチーム戦であるため、多人数が参加している。


 いま相手取っているのは、エリザをリーダーとした獣人族中心のチーム。

 それに対し、こちらは特定の種族カラーを持たぬ混合チーム。


 もちろん、その中にはソフィアも含まれている。


「……これは俺達にとって重大な実験なんだ。真剣にやってくれよ、エリザ」


 腰を落とし、身構えるこちらへ、彼女は牙を剥くように笑った。


「無論。勝負事に参加したなら、勝たねば気が済まぬタチでして――――なッ!」


 動いた。


 ボールをバウンドさせながら、こちらの脇を走り抜けようとする。


 させるものか。


 エリザの軌道上に立ち塞がり、その進行を止めようとする。


「ほほう! なかなかの反応速度! しかしながら!」


 左右へフェイントを仕掛けてくるエリザ。

 どっちに進むのか、まるでわからない。


「このエリザ、球技にて敗れた試しはないッ!」


 真っ正面だ。

 彼女は右にも左にも行かず、こちらへと突撃してきた。


「ッッ!」


 ぶつかる。

 そうした未来を予感し、一瞬、体が竦み上がった。

 そんな隙を突く形で。


「ふははははッ!」


 衝突の直前、エリザが疾走の軌道を変更。

 俺の右側を猛烈な速度で駆け抜けていく。


「ちぃッ! ソフィアッ!」

「まっかせなさいッ!」


 この球技はボールをゴール・ポイントに投げ込まれたなら、相手の得点となる。

 そして現在、ソフィアを含む三名がゴール・ポイント間近でエリザを迎え撃つ形となっていた。


「今回こそはっ! 好きにさせないんだからねっ!」

「いいや、させてもらうねッ! タマの扱いでわたしに勝てると思うなよ、姉貴殿ッ!」


 三対一。

 ソフィアだけでなく、他二名の《戦乙女ヴァルキリー》でどうにかエリザを止めようとするのだが、


「ふはははははッ! 遅い遅いッ!」

「あっ、しまっ……!」


 三人による包囲をアッサリと潜り抜け、ゴール・ポイントへとボールを投げ込むエリザ。

 彼女が放ったそれが、目標へと入り込む……直前。


「させる、かぁッ!」


 エリザがシュートした頃、俺は既に自陣へと戻っていた。

 そして投げ込まれたボールへと飛び付いて、捕捉。


「リゼッ!」


 敵陣コートでフリーとなっていた彼女へ、ボールを放つ。

 大きく弧を描く球体を、彼女は空中でキャッチすると、


「貰ったっス!」


 そのままの勢いで、ゴール・ポイントへボールを投げ入れた。


「……ふむ。簡単には勝たせてくれそうにありませんな」

「あぁ。これはあくまでも実験だが……負けるよりかは、勝って終わる方がいい」


 滴る汗を拭うエリザ。

 それなりに疲れているようだが、まだまだ十全に動けそうだ。


 そこについては俺も同じ。


 石化から復活したことで、なんらかの影響が肉体に及んだのだろう。

 どれだけ体を動かしても、まったく疲れることがなかった。


「個の力ではエリザ、お前には勝てない。だがこれはチーム戦だ」

「あたし達全員で、あんたをブッ倒す!」

「ふふん! 聞いたか皆! わたし以外は眼中にないらしいぞ!」

「失礼しちゃうわよねぇ~」

「このチームはエリザ姉様だけじゃない。それを教えてやるよ……!」


 白熱の試合が続く。


 至近距離でのやり取りが連続し、時には肉体同士が激しく接触することもあった。


 そうだからこそ、この球技を選んだのだ。


「ははッ! もっと強くぶつかっても構いませんぞッ!」

「あぁ、そうさせてもらう!」


 駆けながらのやり取り。ここでは体当たりに近い形で、半身をぶつけ合うことになる。


 それは間違いなく、肉体的なまぐわいそのものであろう。


「エリザ姉様ッ! こっちはフリーですッ!」

「いいえ! あんたはあたしが!」


 多人数でのチーム戦。これは効率を目指した結果、辿り着いたもの。


 一人一人とまぐわっていては時間効率が悪い。

 理想的なのは、複数人の同時強化だ。


「むッ!?」

「取ったぞ、エリザッ! お前からボールをッ!」


 激しい肉体的なコンタクト。

 大人数で行う内容。

 この球技は、これらの条件を完璧に満たしていた。


「ラスト一〇秒ッ!」

「あと一回! 一回ポイントを奪えば!」

「最後まで諦めないでッ! 大賢者様ッ!」


 激しい声援が飛び交う中、白熱の試合に終止符が打たれた。


「ゲームセット! 勝者は――――エリザ・チーム!」


 結局のところ、あと一点が足りず、惜敗。


「はぁ……はぁ……」


 疲労感を覚えつつ呼吸を整えていく。


 そんな俺の肩をエリザが叩きながら、


「グッド・ゲーム。たいへん良き試合でしたぞ、オズ殿」

「あぁ。ありがとう。君は本当に、強いな」

「ふふっ。再三申し上げておりますが、タマの扱いでわたしの右に出る者はおりませぬ」


 互いの健闘を称え合う。


 やはりスポーツは良き交流になるなと、そんなふうに思いながら……俺は試合開始時からずっと掛けていた、眼鏡型の魔導装置を起動した。


「どう、オズ? 結果は」


 ソフィアの問いに、俺は息を唸らせながら、


「結論から言えば――」


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