第二九話 研究をしよう 体液編


 拠点へと帰還してからすぐ、俺達はエリザに全ての情報を報告した。


 土地の奪還。

 そして……俺の肉体に秘められていた新たな力。


《眷属》を元の存在へと、戻す能力。


 その一報は瞬く間に拠点中へと広がり、《戦乙女ヴァルキリー》達の士気はうなぎ登りとなった。


 彼等を人間ないしは《戦乙女ヴァルキリー》へ戻せるとなれば、ジリ貧に追い込まれている現状は大きく変わっていくことだろう。


 こちらは今まで数を増やせなかった。

 逆に、あちら側は増加する一方。

 そうした関係が逆転したなら、戦況は大きく引っ繰り返ることになる。


 とはいえ。

 それを実現するためには研究が必要だ。


 俺の血液がどのような形で作用し、《眷属》を元の存在へ戻すのか。

 真相を突き止めねば、全ては絵空事に過ぎない。


 ゆえに任務完了後の休養など取ることなく、俺は迅速に動いた。


 まずは拠点内に存在する研究施設、こちらの改築である。


 魔法を用いれば記憶の中に存在する設備など、全てを再現可能。


 それで以て、かつての仕事場を現代に蘇らせた後、俺は本格的な研究へと移った。


「まずは仮説を立てるところから始めようか」


 広々としたラボの一室にて。

 こちらの呟きにソフィアが反応を返してきた。


「血液がどういう形で作用しているのか、それを探るのね」


 かつての彼女は完全な戦闘員であり、こういった仕事になると何も出来なかった。


 しかしながら今のソフィアは長い学習期間を経ているため、俺の助手を務められるぐらいには成長している。


「血液の作用を再現する物質、あるいは装置の開発。もしくは別プラン。それらを見出さないと俺の体にどのような力が秘められていようが、まったく意味がない」


 大賢者などと持ち上げられてはいるが、俺も所詮は人間である。

《眷属》達の数に対して、血液の採取量は絶対的に足りてない。


 魔法を用いれば体内の血液を増幅させることも可能だが、これは寿命を削る可能性があるため極力避けたいところだ。


「まずは……体外に出された血液を複製してみるか」


 手に持っていたナイフで掌を浅く切り、魔法で血流を操作。

 うっすらとした切り傷から大量の血液が溢れ出て、透明色の容器へ注がれていく。


 これに対して複製の魔法を発動。

 隣に並べてあった容器に次の瞬間、同量の血液が満ちた。


「さて」


 視線を横へ向ける。

 そこには先日、奪還した土地から運び込まれてきた《眷属》の姿がある。


 完全に沈黙し、微動だにしない、鋼の怪物。

 それへ近付き、複製した血液をかけてみると――


「ふむ」

「変化は見られないわね」

「複製を行うと血液中に存在するなんらかの成分が消失するのか、あるいは性質が変わるのか。しかしこの結果は、なかなか大きなヒントを与えてくれたな」


 顎に手を当てながら呟く。そんな俺の意図をソフィアは読み取ったらしい。


「両者を比較すれば、なんらかの相違点が検出されるはずよね」

「あぁ。その要素を確認出来たのなら」

「あとはそれを増産、ないしは増幅すればいい」


 頷き合いつつ、俺達は血液に対して様々なアプローチをかけた。

 その結果として。


「放たれる魔力の波動……! これが、《眷属》の体に作用しているのか……!」


 発見に至る。

 後はもう、簡単なことだった。


「血液が放出する波動を増幅し、拡散する装置を造れば、少量の血液で大勢の《眷属》を元に戻すことが出来る。そしてそれは」

「既に浮かびつつある、でしょ?」

「あぁ。その通りだ」

「ふふんっ! さっすがあたしのオズっ! まさに天才ねっ!」


 ハイタッチして喜び合うと、俺はデスクへ向かった。


「設計図を描くの?」

「いや、まずは必要な素材を記載して、それを集めてもらう必要がある」


 さらさらと羽根ペンを走らせ、紙面にそれらを書き込んでいく。


 そうした作業が完了した後、俺は机上に置かれてあった別の紙を手に取り、


「素材が集まるまでは別のアイテムを開発しよう」

「ん。まずはこれを造るのね」


 図面に目を通しただけで、ソフィアはそのアイテムがいかなるものか、理解したらしい。


「眼鏡型の魔導装置……あたし達のパラメーターを確認するためのアイテム、かしら?」

「あぁ。現状、君達のそれを確認する手段は限られているし、その全てが手間のかかるものばかりだからな。これを造ればいつでも気軽に確認が出来る」

「それは便利っちゃ便利、だけど……そのためだけに造るってわけじゃないんでしょ?」

「あぁ。これがあれば、リアルタイムで君達のパラメーターの変動を確認出来る。それは君達を強化する能力の研究に、地味ながらも大きく役立つだろう」

「ん。そう、ね。そっちの方も色々と、進めていかなきゃ、ね」


 何かいやらしい想像でもしたのだろうか。

 ソフィアの頬がうっすらと桃色に染まり始めた。


「そ、それで? 具体的にはどうやって、研究を進めていくの?」

「うん。まずは行為に対し多様性が認められるかどうか、確認をしてみたい」

「こ、行為の多様性、って」

「あぁ。今後のことを思うと……かなり大人数に参加してもらうことになるな」

「お、大人数っ……!」


 頭の中でどんな妄想が展開されているのか、ソフィアは顔をリンゴのように紅くさせながら、問い尋ねてきた。


「な、なにをするつもり、なの?」


 もじもじと太股を擦り合わせる彼女へ、俺は自らの考えを口にした。


「――――皆と一緒に、ボール遊びをやる」


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