第二〇話 決行前夜


 疲労困憊のシャロンを部屋へと運び、ベッドに寝転がらせた後。

 俺は自室へと戻り、ソフィアの出迎えを受けた。


「なんか、遅かったわね?」

「あぁ。シャロンが、ちょっと、な」

「……そっか」


 咎めるようなことはしなかった。

 ソフィアとて彼女の感情が理解出来るのだろう。


「あの子……目的が、果たせるかしら」

「可能性は十分あると思う。君ほどではないけど、それでも、十分に強くなってるからな」


 言い合いながら、俺達は彼女のことを想った。


 シャロンはかつて、この駐屯地に配属されていたという。


 当時は仲間達に囲まれ、やりがいのある仕事に従事する日々を誇らしく思っていたと、彼女はそう語っていた。


 そんなシャロンから、何もかもを奪った者が居る。


 ここ一帯の《眷属》を支配する上位個体。

 便宜上、フレア・パニッシャーと名付けられたそいつを倒せば、土地の奪還任務は完遂となる。

 上位個体が死んだ瞬間、支配下にある下位個体は総じて機能を停止するからだ。


 それは同時に、シャロンを精神的な苦痛から解放することにも繋がる。


「……あたし達も、もう寝ましょ」

「あぁ。睡眠不足は身体的なパフォーマンスを著しく低下させるからな」


 普段であればスキンシップを兼ねた強化行為プレイに及ぶところだが、明日のことを思えば、それは遠慮すべきであろう。


 だから俺達はいつものようにベッドへと寝転がり、抱き合いながら瞼を閉じた。


 そうしていると……やはり、こちらの感情が伝わってしまったようで。


「……ねぇ、オズ。大丈夫?」

「……あぁ、大丈夫だよ。臆病風に吹かれるのはいつものことだ。問題はない」


 戦いに臨む前日はいつだって、激しい胃痛に襲われる。


 今もそうだ。


 上位個体とはいえ所詮は《眷属》。こちらの脅威にはならないと、そう考えていてもなお……戦うのは、やはり恐い。


「ほんっと、仕方ないわね」


 クスリと笑うソフィア。

 そうしてから彼女は俺の頭を抱いて。

 自らの胸元へ、引き寄せた。


 ……柔らかく、そして、温かい。


 けれどもこの抱擁は、毎晩のように行う淫靡なそれではなかった。


「大丈夫よ、オズ。あんたにはあたしが付いてるんだから」


 優しい手つきでこちらの頭を撫でてくる。

 そんな彼女はまるで、慈愛に満ちた母のようだった。


「…………」


 黙したまま、俺はより深く、ソフィアの胸に顔を埋めていく。


 心地の良い柔らかさと温かさ。

 甘やかな匂い。


 それらを感じていると、心の中にある怯えが、ゆっくりと解消されていく。


「安心なさい、オズ。あんたはあたしが守る。恐れることなんてありゃしないわ」


 優しい声音で囁くソフィアに、俺は感謝の想いを抱く……一方で。

 一つの自問が芽生えた。


 このままでいいのか、と。


 こんなふうに、彼女の存在に甘えたままで、いいのか、と。


 ……当然、よかろうはずもない。


 けれども。

 俺にはまだ、その言葉を口にするような資格がない。

 自らの弱さを克服出来ていない今、そうしたところで、説得力など皆無だろう。


 けれど、いつか。

 いつか、言えるようになりたい。

 俺が、君を――



 その瞬間が訪れることを願いながら。

 俺は、意識を手放すのだった。


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