第一九話 黒髪美少女による、ご奉仕


 こちらに拒否権はない。

 言外にそんな意思が含まれているように思えた。


 そしてシャロンはつかつかと近付いてきて、俺の背中越しに石鹸を手に取ったのだが。


「あの……布は?」

「……黙っててください」


 羞恥と苛立ちが宿った声で、ぴしゃりと言い放つ。


 それから彼女は少しの時間、俺を放置した後。


「では、失礼します」


 宣言と同時に。


 ふにゅっ♥


 背中に心地のよい柔らかさと、温かさ、そして泡の感覚が伝わってきた。


 これは、まさか。


「んっ……ふっ……」


 円運動を重ねていく、心地のよい感触。

 それに合わせるような形で、シャロンの口から吐息が漏れ続けた。


「んっ……んっ……」


 背後を向かなくてもわかる。


 彼女は今、自らの肉体で以て、こちらの背中を洗っているのだ。


「っ……」


 ふよん♥ ふよん♥

 むにっ♥ むにっ♥


 ソフィアやエリザと比較したなら、極めて小ぶりなシャロンのおっぱい。

 しかしそれでも、こんなふうに密着すれば、その肉感は十分に堪能出来る。


「ふぅっ……ふぅっ……」


 耳元にかかる吐息もたまらない。


 彼女のそれはソフィアやエリザと違って、こちらへの好感など微塵も感じさせぬものだった。


 それどころかむしろ、シャロンはどこか俺に対して刺々しいとすら思う。


 そんな女の子が羞恥心を押し殺し、嫌々ながらも奉仕をしている。


 興奮しない方がおかしいというものだ。


「んっ……んぅっ……」


 シャロンの吐息にも、次第に色情の気配が含まれ始めた。


 心は嫌がっていても体はしっかりと反応している。

 そんな様子を直接見ることが出来ないという状況がまた、イマジネーションを強く掻き立ててきて……実に、ムラムラする。


 見苦しいアイツを抑え込めているのが奇跡に感じられた。


「ふぅっ……くぅっ……んんっ……」


 息遣いが荒くなるにつれて、体を押し付ける動作も激しさを増していく。


 感じたくなくとも勝手にそうなってしまうというシャロンの苦悩を思うと、こちらもまた興奮度合いが高まっていき――


 そのとき。


 ズキリと、頭が痛んだ。



『《眷属》とは、人間を機械へと変じさせ、尖兵に仕立てたものだ』


 白い壁。

 部屋の中央。

 台座に載った、《眷属》の亡骸。

 開かれた腹部。


 そして――白いモヤに覆われた、謎の人物。


『機械、か。こちらの世界には存在しない概念だな』

『そうだね。おそらくは魔力の有無が道を分けたのだと思う。僕達の世界にはそれがなく、変わりに電気エネルギーが主な動力源として知られていた。だからこそ科学という概念が発展したわけだけど、こっちにはそうした道程を刻む下地がない』

『ともあれ。奴等を攻略するには、その科学というものを学ぶ必要があるな』


 期待を込めた視線を送る、と。


『教授することを惜しむつもりはないよ。ただ、とてつもなく膨大な知識だ。常人なら吸収するのに一〇年はかかるだろうね。……もっとも、君なら一年も必要ないだろうけど』


 腕を組みながら、彼、あるいは彼女がポツリと呟く。


『さっさと戦争を終わらせておくれよ、大賢者。このままだと僕は―――』



 ここで、映像が途切れた。


 意識が元の世界へと戻ってくる。


 それと同時に。


「ふっ、くっ……んぅううううううっ……!」


 噛み殺したような嬌声が、シャロンの口から放たれた。


 いけない。

 そう思いつつ振り返ると、後方へ倒れそうになっている彼女の姿があって。


「シャロン!」


 ギリギリのタイミングで彼女の体を抱き留める。

 見える範囲が全て泡塗れになっていたのは、まさに不幸中の幸いというやつか。


「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」


 凄まじい疲労感を味わっているのだろう。

 呼吸の荒さはもはや病的と表すべきレベル、だったのだが。


「つ、次、は……前、を……」


 彼女はまだ、やるつもりだった。


 欲望のためではない。

 力を獲得するためだ。


 自らの目的……仇討ちを、成し遂げるために。


「やめろ、シャロン」

「で、も」

「さっきのでもう四回目だ。これ以上は君の体がもたない」


 強化行為プレイに及んだ場合、例外なく凄まじい疲労が襲い掛かってくる。

 

 ゆえにソフィアやエリザのように体力が豊富な者達であっても、強化行為プレイは日に五回が限度。


 一方、シャロンは第七世代であるためそれほどの体力はない。

 よって日に二回を限度とすべき、なのだが。


「私の性能も、上がって、ます。だから、まだ、いける、かと」


 事実ではある。


 ただの第七世代なら二回が限度。

 しかしシャロンはここへ至るまでの道中、毎日欠かさず強化行為プレイをせがんできた。

 だからきっと、回数の限界値も向上しているに違いない。


 だがそうは言っても。


「五回目の行為は認められない。君の能力がそこまで成長しているとは思えないし、そもそも明日は任務の決行日だ。それなのに体を壊すようなことをしたなら……シャロン、俺達は君を、ここに置いていくことになる」

「っ……!」


 目を見開く彼女へ、俺は言い聞かせるように語り続けた。


「君は親友の仇を討つためにここへ来たんだろう? その熱意がどれほどのものかは十分に理解出来る。何せ力を得るには、嫌いな男と体を合わせなきゃいけないんだからな。……そんな苦痛に耐え忍んできた君を、俺は心から尊敬してるんだ」


 相手の立場になって考えてみると、本当に気持ちが悪くなる。

 強くなるためとはいえ、嫌な相手とそういうことをするだなんて。


 しかしシャロンはそれを選んだのだ。

 仲間の無念を、晴らすために。


「頼むよシャロン。俺は君に仇を討ってもらいたい。そのためにも今日はここまでにして、体調を万全に整えてくれ」


 こちらの想いが通じたのか、彼女は唇を噛みながらも、ゆっくりと頷いた。


「ありがとう」

「……いえ」


 そっぽを向くシャロン。


 彼女を抱き留めたまま、俺は流湯装置に魔力を注ぎ、自分と彼女の体から泡を流す。


 そうして半目となり、ほとんど相手の姿が確認出来ない程度の状態になると。


「少しだけ、我慢してくれ」

「えっ」


 ひょいっとシャロンの体を抱きかかえ、立ち上がる。


 所謂いわゆるお姫様だっこの形。

 そうして俺は浴場をあとにすべく歩き始めた。


「じ、自分で、歩けます」

「無理だな。いつも行為が終わった後は自力で立つのも難しくなるだろ」

「で、でも」

「だから我慢してくれと言ったんだ。嫌いな男に抱きかかえられるのはイヤだろうけど、君を放置するわけにもいかないからな」

「…………」


 沈黙するシャロン。

 彼女が今どんな顔をしているのかは確認出来ないし、すべきではない。

 なにせ見た瞬間、そのみずみずしい裸体まで目に入ってくるのだから。


「……別に」

「ん?」

「別に…………あなたのこと、嫌いとか、思ってませんから」


 顔が見たい。

 そんな衝動を、俺は必死に抑え続けたのだった。


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