第八話 黒髪美少女と風呂場で遭遇(ラッキースケベ)


 黒髪のショートヘアと愛くるしい顔立ちが特徴の、女の子。


 平時に出くわしたとしても、ドキリとするほど可憐な容姿の持ち主である。


 そんな彼女は今、現場に見合った姿を晒していた。


 即ち、全裸である。


「「…………」」


 現実を受け止め切れていない。

 それは相手方も同じだったようで、俺達はしばし無言のまま見つめ合い、そして。

 まったく同じタイミングで、視線を下へとズラした。


 ――生えてない。


 そんな感想が脳内に浮かんだ瞬間、俺は慌てて目を逸らす。

 その一方、相手方はというと、


「あわ、あわわわわわわわ……」


 こちらの分身を目にすると共に、現実を受け入れたらしい。

 可憐な顔を真っ赤に染め上げ、そして。


 次の瞬間、彼女のスレンダーな体に刻まれた、刺青めいた刻印が淡く発光する。


 なぜだろう。

 全裸の美少女に対する肉欲よりも、刻印が輝く様に対する興味の方が、強かった。


「~~っ! じ、じろじろ見ないでぇっ!」


 涙声で叫ぶと、彼女は大事なところを隠しながら走り出し、こちらの横を――

 通り過ぎようとした、そのとき。


「ひゃんっ!?」


 小さな悲鳴が耳に届いた頃には、何もかもが手遅れだった。


 きっと彼女は足を滑らせたのだろう。

 となればもちろん、転ぶまいとして、なんらかの行動を取る。

 それは今回、近くに居た存在、つまり俺へと寄りかかるというもので。


 相手方が一般的な少女だったなら、その体を支えて終わりだったのではないかと思う。

 だが彼女は《戦乙女ヴァルキリー》である。

 その力は人間離れしたもので、それゆえに。


「うぁっ!?」


 転んだ。

 俺は、彼女と共に、地面へと倒れ込んでいった。


 ……それだけならまだ、よかったのだが。


 いったいぜんたい、何がどうなって、このような形になってしまったのか。


 世界の法則がもたらす摩訶不思議によって、俺達は互いに大事なところを見せ合うような形で、地面に転がるハメになった。


「「~~~~っ!?」」


 さすがにこれはダメだ。

 彼女の名誉と尊厳を踏みにじるわけにはいかない。


 俺は一瞬にして目を逸らし、彼女のそれが視界に入った時間を最小限に留めた。


 が、しかし。


 オスの本能を刺激するモノがすぐ近くにあるというのは、厳然たる事実であるがゆえに。


「っ……!」


 肉体が、勝手に反応し始めた。


 具体的には……子孫を残すための準備。


 どうやら相手方はそれをまざまざと目撃したらしく。


「えっ……こ、これ、って……」


 きっと彼女は目をまん丸に見開いているのだろう。


 それから数秒後。

 こちらの準備が完了してからすぐ。


「きぃやぁああああああああああああああああっ!」


 絶叫と共に、地面を転がるようにして、走り去って行った。


「…………」


 しばし無言のまま彼女の幻影を追う。

 だがやがて、ふと我に返り、


「…………え~っと」


 とりあえず、風呂に入るか。


 どうやらさっきの女の子だけが例外だったようで、俺が出るまで誰も浴場に入ってくることはなかった。




 その後。

 入浴を済ませ、浴場の入口前に立っていたソフィアと合流。


 すると彼女はジロリとこちらを睨んで、


「……あたし、ずっとここに立ってたんだけどさ」

「えっ? あ、うん」

「……あの子に変なこと、してないでしょうね?」


 俺は慌てて首を横へ振り、必死に弁明した。


「まぁ、いいわ。あんたは誠実な男だから。信じてあげる」


 どうやら納得してくれたらしい。


 それから俺はソフィアの案内を受け、あてがわれた自室へと入った。


 こちらの認識としては起きたばかりといった調子だが、時刻は夜更けに近いため、目を覚まして早々、俺は床へ就くことになった。


 ……それはまぁ、いいんだけど。


「あの、ソフィア、さん?」

「呼び捨てにしなさい」

「じゃあ、ソフィア」

「なに?」

「……もう部屋まで案内してもらったわけだし、そろそろ」


 寝たいんだけど、君、いつまでそこに立ってるの?

 といった質問を遠回しにしてみたところ、彼女はむすっとした顔をして、


「むぅ……」と、口をもごつかせたかと思えば、うろうろと左右に歩き、それから唸り声を上げ続けた末に、再びこちらを見て一言。


「…………本当に、あたしのこと、覚えてないの?」

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