第六話 説明されてもわからない


 人類にとってそれは、あまりにも突然の出来事だった。


 天空に浮かぶ第七大陸が一瞬にして崩壊し、その残骸が地上へと降り注ぐ中。

 奴等はまるで神話に描かれた神々の如く降臨し――


 殺戮を、開始した。


《邪神》とその《眷属》。

 そう呼ばるることとなった彼等は、瞬く間に人間の軍勢を蹴散らし、地上世界における支配圏を拡大。


 絶望の只中に生じた一筋の光明はしかし、謎めいた消失を迎え――――人類は滅んだ。


 残されたのは《邪神》とその《眷属》達。

 そして、人為的に戦闘兵器へと変えられた女性……《戦乙女ヴァルキリー》。


 彼女等はこの世界を奪還し、人類の復興を夢見て、今日もどこかで命を散らしていく。


 …………といった話をした後、エリザはこちらの顔を見つめつつ、呟いた。


「釈然としない。そんな表情をしておられますな」


 対面のソファーに腰掛け、足組みするエリザ。

 むっちりとした太股が醸し出す色気にドギマギしつつ、俺は小さく頷いた。


 ……金属ムカデを仕留めた後。

 暴れ回っていた怪物達が動作を停止したことで、戦いは終幕を迎えた。

 それから俺はエリザ、ソフィアに連れられて、この中央基地へと足を運び……今に至る。


「《邪神》……《眷属》……何もかも、知らないことばかりだ……」

「ふむ。では現在、覚えていることは?」

「俺はアルミア村の、村人で……病気の母親と、ずっと二人で、暮らしてきた……」

「それだけ、ですか?」


 頷く俺に、エリザは深刻な顔をして、


「……封印による悪影響はあまりにも甚大だな。親の仇さえ忘れてしまうとは」

「親の、仇?」

「えぇ。《眷属》共の襲撃に遭ったことで、村人達は皆殺しにされたと聞かされております。貴殿とソフィア、二名を除いての話、ですが」


 母さんが、殺され、た……?


「全ては現実だ。受け入れるほかにない。貴殿も、そして、我々も」


 くたっとなる獣耳。

 その下にある苦い顔から溜息が零れる。


 そうしてからエリザはソフィアへと目をやった。


 しかし彼女はなんの反応も返すことなく、こちらをジッと睨みながら、


「ねぇ、オズ。あたしのこと、本当に忘れちゃったの?」


 ……俺はオズワルド・メーティスという名を持ち、ソフィアからはオズの愛称で呼ばれていた。

 彼女とは幼馴染みで、家族も同然の関係だったと聞いたが……


 そんな情報と自らの人格が、まったく結び付かなかった。


「ごめん。何も、覚えてない」

「っ……!」


 目尻に涙を浮かばせながら、再び沈黙するソフィア。

 彼女と入れ替わるような形で、エリザが口を開いた。


「とにかく。もう少しばかり、世界の現状に関する情報を提供しよう。何かの拍子で記憶の一部が戻るやもしれん」


 その後、彼女から数多くの説明を受けた。


 中でも半数を占めたのが、俺とソフィアに関する情報で。


「勇者と大賢者。かつて貴殿等はそのように呼ばれ、敗北の危機に瀕した人類の救世主として知られていた。貴殿等は破竹の勢いで《眷属》共を掃討し、人類の支配圏を取り戻していったのだが……ある《邪神》との一戦で不覚を取り、ソフィアが命を落とした」


 この説明を耳にした瞬間、苦虫を噛みつぶしたような不快感が胸の内に生じた。


 何かを思い出しそうになるが……寸でのところで霧散する。


「貴殿は死したソフィアを腕に抱き、地下神殿に足を運んだ。ソフィアを蘇らせるために。そう、最初の《戦乙女ヴァルキリー》として」


 他人事のようには思えなかったが……しかし、自分のことだと実感するようなこともなく、俺は粛然とエリザの言葉に耳を傾け続けた。


「そこから先のことは……実のところ、わかっていないことがあまりにも多い」


 彼女は足を組み替えながら、一息吐いて。


「何者かの襲撃に遭い、貴殿は封印された。判明しているのはそれだけだ。襲撃者が誰なのか、いかなる手段で以て貴殿を封印したのか、全ては未だ以て謎のままだ」


 言いつつ、ソフィアへと目をやる。

 その視線を受けて、彼女はバツが悪そうな顔をしながら俯き、


「あたしは何も、見てない。意識を失ってて……目が覚めたら、オズが石に……」


 当時の悔恨を思い出しだのか、ソフィアは両拳を握り締め、歯噛みする。


「その後の展開は先程話した通り。救世主の片割れを失った人類は徐々に押され始め……残ったのは、貴殿が創出した技術をもとに大量生産された、戦乙女ヴァルキリー》のみ。生き延びた人類は貴殿だけだ」


 伏せられた瞳に宿る憤懣を、やはり俺は他人事として捉えることが出来なかった。


 むしろ……罪悪感めいたものを噛み締めている。


 そうした感情を察したのか、エリザは少しだけ微笑んで、


「何もかもを忘れてなお、使命感だけは残っていたようだな。やはり貴殿は救世主と呼ばるるに相応しい御仁だ」


 こちらに向けられた眼差しに熱が帯びる。

 そうした真っ直ぐな好意を向けられるのは、不慣れなもので。


「別に、俺はそんなんじゃ、ないよ」

「ふふ。ご謙遜を」


 エリザは「くすり」と笑ってから腕を組み、


「ひとまずは貴殿の記憶を取り戻すための方法を探るとしよう。それが現状の最優先事項だ。何せ貴殿の記憶には貴重な情報があまりにも多すぎる」


 エリザ曰く、大賢者だった頃の俺は最強の魔導士であると同時に最高の発明家でもあったとか。


 ゆえに当時の記憶を取り戻したなら、発明品の数々で以て《戦乙女ヴァルキリー》全体の戦力が大きく底上げされるのではないかと、彼女はそのように予想しているらしい。


「中でも取り分け気になっているのが……貴殿を覚醒させるための鍵だ」

「覚醒?」

「うむ。貴殿が残した日誌に記されていた内容だが……どうやら貴殿は自らの内側になんらかの力を宿したらしい。それを覚醒させたなら、戦争を終結に導くことが可能になるという。……何か心当たりは?」

「……ごめん。何も覚えてない」


 エリザは特に気にしたふうもなく、ただ「そうか」と呟いて頷くと、


「本日はもう遅い。貴殿も現状を整理する時間が欲しいだろう。よって面談はここまでとする。貴殿には今後、宿舎で寝泊まりしていただくことになるが、よろしいか?」


 拒否する理由もないので、首肯を返した。


「うむ。では続いて、世話役を決めたいのだが」

「世話役?」

「左様。封印による悪影響は身体機能にも及んでいるやもしれん。それを思えば、身の回りの世話をする者をしばらく付けた方が良いと判断したのだが……不要だろうか?」

「いや。合理的な判断だと思う」


 問題は、誰が世話役になるか、だが。


「わたしが、と言いたいところではある。何せわたしにとって貴殿は幼い頃から憧れ続けた大英雄の一人だ。その世話が出来るなど身に余る栄誉。朝から晩まで一日中、この身の全てを尽くして奉仕したいと思っている」


 エリザの、奉仕。

 体の全てを、尽くして。


 ……妄想が膨らむような台詞だ。


 性欲を掻き立てる褐色の肌。

 むっちむちな太股。

 張りの良い巨乳。


 こんな完璧エロボディーな美女に奉仕してもらえるだなんて、なんと幸せな――


「しかし大変遺憾なことに、わたしはこの拠点の長。日々業務に忙殺される身であるがゆえ、貴殿の世話役を遂行するような時間的余裕はない。……残念だ。実に実に、残念だ」


 獣耳を「しゅんっ」とさせながら、盛大な溜息を吐くと、エリザは視線の向け先をソフィアへ変えた。


「となるともはや、オズ殿の世話役になるべきはお前しか居ないだろう」


 この言葉を受けて、ソフィアは表情を硬くする。


 今、彼女の中でどんな想いが渦巻いているのか、見当も付かない。


 ……俺には自覚のないことだが、ソフィアとは強い絆で結ばれた関係だった、らしい。


 そんな相手が自分のことを忘れているというのは、彼女にとってどれほどの苦痛なのだろう。

 ともすれば、相手の顔を見たくないと、そのように考えてもおかしくはないが。


「……やる。あたしが、オズの面倒、全部見る」


 決然とした表情と言葉に、俺は不自然なほどの喜びを覚えていた。

 無意識の領域に彼女への特別な情が刻まれているのだろうか。


「……ついてきなさい。基地の中、案内したげる」


 歩き出したソフィアに付き従う形で、俺は部屋を後にした。

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