第五話 なぜか魔法が使えた。……あれ? 俺って誰だっけ?


 なぜかは、わからない。


 見知らぬ少女が俺を庇って傷付いた。

 そこに負い目や不甲斐なさを感じるのは、自然なことだろう。


 だが今、俺の心を埋める感情は、それだけのことではなかった。


「……よくも」


 この感情は、そう。

 大切なものを傷付けられたことへの、激しい憤怒。


「よくも、やってくれたな……!」


 ドス黒い情念が渦を巻き、その強さを増していく。

 そんな精神状態に呼応するかの如く、脳内にて情報が浮かび上がってきた。


 魔法。

 その扱い方が、自らの頭脳に刻み込まれた、次の瞬間。


「GYGAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!」


 迫り来る。

 金属のムカデが、長大な体を蠢かせ。

 こちらを食い千切らんと、顎門アギトを開きながら。


 しかし、そうした光景を俺は、ちっとも恐ろしいとは思わなかった。


 倒せる。

 そんな確信だけを胸に抱きながら――


「塵一つ、残しはしない!」


 感情の発露と同時に、右手人差し指に嵌められていた指輪が強い光を放つ。

 そして――


 我が心の具現たる灼熱が、次の瞬間、金属ムカデを呑み込んだ。


「GYAAAAAAAAAAAAAAA!」


 業火は金属の体を瞬く間に融点へと導き、長大な体躯をドロドロに溶かしていく。

 やがてムカデの怪物は沈黙し……原型を失った。


「…………」


 敵方が消え失せた結果、怒りもまた沈静化し、後には困惑だけが残った。


 唖然と口を開くことしか出来ない俺に対し、目前のソフィアが振り向いて、


「ふふん! あれぐらい、あんたにとっちゃアリンコ同然ねっ!」


 どこか誇らしげな表情。

 しかし次の瞬間、彼女はそこに怪訝を浮かべながら、


「でも、変ね。いつもあんたなら、もっとド派手な魔法でやっつけるところなのに」


 首を傾げるソフィアに対し、エリザが口を開いた。


「調子がよろしくないのは当然のことだろう。復活したてだからな」


 しかし、と言葉を繋ぎつつ、エリザはこちらに熱の入った視線を向けてきた。


「万全でなくとも、あの威力! さすがは大賢者殿! 常々貴殿のことを想っておりましたが、わたし如きの想像など遙かに超えておられた! この感激、言葉に為りませぬ!」


 尻尾をぶんぶん振りながら、興奮した様子でこちらへと歩み寄り……両手を取ってくる。


 ち、近い……!

 エリザの美貌が、褐色のエロボディーが、すぐ傍に……!


「なぁ~にデレデレしてんのよっ! あ、あああ、あたしというものが、ありながらっ!」


 割って入ろうとするソフィアだが、エリザは頑としてこちらの手を離さず、


「大賢者殿は皆の救世主だ。独占してよい道理などない」

「はぁ~っ!?」


 ギャースカと言い合いを始めた二人に、俺は。


「あ、あのう。ちょっと、いいかな?」


 こちらに目を向けてきた彼女等に、俺は問い尋ねた。


「大賢者って、どういうこと? 俺、ただの村人なんだけど……」


 きょとんとした顔をするソフィアとエリザ。

 前者は首を傾げたままだったが、後者はやがて眉間に皺を寄せつつ、


「…………貴殿の名は?」


 このように、問い返してきた。


 名前。

 そんなの。


 ……あれ?


 おかしい、な。

 自分の名前なんか、言えて当然なのに。


 出て、来ない。

 名前が、全然、出てこない。


「俺は…………誰だ?」


 強烈な困惑が言葉となって口から漏れ出る。


 言いしれぬ恐怖。

 それを感じているのは、俺だけじゃなかった。


 ソフィアやエリザもまた、一言も発することなく。


 俺達は沈黙したまま、突っ立っていることしか出来なかった――


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