第四話 俺、ただの村人なんだけど……


 長大な体躯を我々の目前で停止させ、こちらを睥睨する金属のムカデ。


 あまりのド迫力に俺が肝を冷やす一方で、傍に立つ二人はというと、


「こいつが指揮系統のトップかしら?」

「うむ。そう考えて間違いなかろう」


 実に落ち着いた様子で、言葉を交わしていた。


「こいつをやっつければ万事解決ね」

「そうなる、が……簡単なことではないぞ。我がアグニでさえ奴の装甲は貫通し難い」

「ふふんっ! だ~いじょ~ぶよっ! だってあたし達にはオズが居るんだものっ!」


 二人が同時にこちらを見た。

 両者共に期待感とか敬意とか、そういうのを瞳に宿している。


 いや、そんな目で見られても困るんだけど。

 というか、オズって――


「あたし達が前に出て隙を作る! そこを突いて攻撃なさい!」

「大賢者殿のお手並み、拝見させていただきます……!」


 は? 大賢者?


「行くわよ、エリザっ!」

「応ッ!」


 こちらの反応を待つことなく、二人が地面を蹴った。


 疾走する両者に対し金属ムカデは長い体を蠢かせ、顎門アギトで彼女等を噛み千切らんと迫る。


 巨体に不似合いな超スピード。


 俺は二人が危ういと、そのように予感したのだが……


「はんっ! 見た目通りのウスノロねっ!」


 余裕の笑みを浮かべながら、ソフィアが動作を加速させる。


 赤髪の褐色獣人、エリザと呼ばれていた彼女のスピードもまた、段違いの速度へと上昇。


「ただ硬いだけと侮るな。どんな隠し球を持っているやらわからん」


 油断のない言動を体現するエリザ。

 それに負けじとソフィアもいつの間にか闇色の盾と長剣を手にして、敵方に対抗する。


 ……二人の動きが速すぎて、何がどうなってるのか、わからなくなってきた。


「よしッ! 体勢が崩れたぞッ!」

「オズっ!」


 えっ、何? なんでそんな目で見るの?

 ただの村人に、どうしろと――


「GRUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!」


 絶叫の直後、金属ムカデの巨体が波打つように蠢いて。


「っ! 危ないっ!」


 ソフィアがこちらへ向かうと同時に、ムカデの全身から無数の棘が射出された。


 動けない。

 鋭い先端は既に目前にある。

 これは、もう。


 死の恐怖と確信が心中を満たした、そのとき。

 目に映る全てが、一つの要素によって埋め尽くされた。


 ソフィアの爆乳である。


 地面を蹴って飛び付いてきた彼女のそれが、視界を覆った次の瞬間。


 もにゅんっ♥


 顔全体が柔らかな感触に包み込まれ、そして、勢いよく押し倒される。


 地面に後頭部を打ったが、そんな痛みは顔面から伝わる乳房の感触と、甘酸っぱい匂いによって掻き消された。


 すごい。

 女体とは、こんなにも――


「うっ……!」


 耳に届いた小さな苦悶が、俺の心に緊張をもたらした。


 なぜか強い焦燥を感じながら、ソフィアを押しのけ、彼女の状態を確認する。


 傷付いていた。

 彼女は頑強な盾で以て棘の大半を防いだものの……無傷ではない。

 捌ききれなかった棘が腿や肩の一部を斬り裂き、そこから紅い雫が零れている。


 そんな姿を目にした瞬間。


 ――灼熱の感情が、心の内側を、灼き始めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る