第一話 虐げられる村人


 何かが欠けている。

 最近、そんな感覚に悩まされていた。


 その何かを見出せたなら……俺の人生に何か、変化が訪れるのではないかと、そう思えてならない。


 あるいは。

 この感覚は不幸な現実から逃れるための、心理的な作用でしかないのだろうか。


「チッ……! うろつくんじゃねぇよ、病原菌が……!」


 村の中をただ歩くだけで蔑視され、ときには暴力を振るわれることもある。

 もうこんな生活がどれぐらい続いたのだろうか。


 まさに悪夢そのものだった。


「…………」


 言い返そうとする気力も、もはやとうに失せていた。


 本日も苦痛に耐えながら、一日のノルマをこなす。

 山へ入り、食卓に並べるための糧を得て、夕暮れまでに帰宅。


 家には病に伏した母が居て、


「すまないね、私がこんなふうになったから」


 食事の度に、母はずっと謝り続けてくる。


「……そんなことはないよ、母さん」


 つらかった。

 自分の言葉に、ほんの僅かながらも、嘘偽りの念が入り込んでいることが、本当につらかった。


「私なんて、早く死んでしまえばいいのに……そうすればきっと、お前も……」

「……馬鹿なことを言うなよ」


 言いつつ粗末な夕餉を掻き込んで、食事を早急に終わらせる。


 こうしてまた一日が終わった。


 夜の訪れと共にベッドへ入る。

 しばらくすると、今宵も遠くから母のすすり泣く声が聞こえてきた。


 もう慰めに行く気概もない。


 こんな俺は薄情者だろうか。

 死んだなら、地獄に落ちるのだろうか。


 硬いベッドの上に寝そべりながら、瞼を閉じて、思う。


 何かが欠けている。

 俺の人生には、決定的な、何かが。


 それはなんだ?

 いや、そもそも。

 

 ――俺はどうして、この村に居るんだ?


 唐突に芽生えた違和感。

 それが急速に強まっていく。


 おかしい。何か、変だ。

 欠けている。


 ――彼女の存在が、欠けている。


 閉じていた瞼を開く、と――

 その直後、自らの意識がどこかへ引っ張られていく。


 目を見開いたまま眠りに就こうとしているのか。

 そんな現実を奇妙に感じた、そのとき。


「……きて」


 何者かの声が耳に入った、次の瞬間。


「起きてっ!」


 沈んでいた意識が急浮上する。

 それとまったく同じタイミングで……目前に広がっていた光景が、激変。


 ……なんだこれは。


 さっきまで我が家に居て、木造の天井を見つめていた、はずなのに。

 今、目の前にあるのは、石造りの天井だ。


 ……わけがわからない。


 横合いからいきなり殴られたような気分になりながら、眉根を寄せていると――


「せ、成功、した……!?」


 すぐ近くから可憐な声が飛んで来た。

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