33:ガールズトーク
昼休み前の授業の内容はほとんど頭の中をすり抜けて行ってしまった。
一時間目の授業が始まる前や昼休み、放課後以外にスマホを使うことは校則で禁止されているが、休み時間や授業中でさえ、私はスマホを手に取って晴見くんからのメッセージを確認したくて仕方がなかった。
そして、待ちに待った昼休みがようやく来た。
四時間目の授業が終わり、昼休みの始まりを知らせるチャイムが鳴り響く瞬間まで、私は時計の秒針を目で追いかけて数えていた。
一気に騒々しくなる教室内で、静かに視線を晴見くんの方へと向ける。
晴見くんは私のことを見ていなかったけれど、席を立つと真っ直ぐにこちらへとやって来た。たったそれだけのことで、心臓は破裂しそうなほど速く打ちつける。
私が椅子から立ち上がった時、晴見くんと目が合った。
なにか言葉を交わすでもなく、クラスメイトの誰にも気付かれないように彼の後ろに続いて教室を後にしようとしたその時、背後で名前を呼ばれた。
「ひ、氷見谷さん!ごめん、ちょっとだけいいかな……?」
振り返ると、これまでほとんど話したことのないクラスメイトの女子──村野さんが恐る恐るといった様子でこちらを見ており、その後ろには村野さんとよく一緒に居る二人の女子の姿もある。村野さんの両手には英語の教科書とノートが抱かれていた。
「……ええ、何かしら?」
ほんの一瞬、私は視線を晴見くんへ向けた。
晴見くんは一切こちらを見ずに教室を出て行く。その直後、スカートのポケットの中にあるスマホが震えた。恐らく、晴見くんは先に中庭へ行って待っているつもりで、そのことをメッセージで伝えてきたのだろう。
「あの……次の授業、英語の小テストがあると思うんだけど……私たち、今習ってるところの文法が全然わからなくて……氷見谷さん頭良いから、もしよかったら教えてもらえないかなぁ、なんて……」
村野さんたちは困った様子で笑い合った。
思えば、こんな風にクラスメイトから頼られたことは一度もなかったかもしれない。村野さんたちは、どうして今日私に声をかけてくれたのだろう。
私が心の中で抱いた問いに答えるかのように、村野さんの友達──島田さんが言った。
「実はね、英語の文法を教えてもらいたいっていうのも勿論あるんだけど、私たち、ずっと前から氷見谷さんと話してみたいなって思ってたの」
島田さんの言葉に、村野さんともう一人の女子、倉橋さんもコクコクと頷いている。
「だから……もしよかったら、お昼も一緒に食べない?」
ごめんなさい。今日の昼休みは他の人と一緒することになっていて──
そう正直に伝えればいいだけのことなのに、言葉に出すことがどうしてここまで躊躇われるのだろう。
「ちょっとごめんなさい」
私は三人に軽く断って、ポケットの中のスマホを取り出した。予想通り、2分ほど前に晴見くんからメッセージが届いていた。
『こっちの話はいつでも大丈夫!』
いかにも晴見くんらしい、短文のメッセージだ。
村野さんたちは次の授業で行われる小テストのことで困っていて、勇気を出して私に声をかけてくれたのだ。晴見くんには申し訳ないけれど、彼女たちの気持ちを無下にはできない。
『ごめんなさい。また声をかけます。』
送信ボタンを押したけど、メッセージはすぐに既読にはならなかった。
「お待たせしてごめんなさい。それじゃあ、ご一緒させてもらうわ」
私がそう言うと、村野さんたちの表情が花開くかのようにぱっと明るくなった。
「やったぁ!ありがとう氷見谷さん!」
「氷見谷さんの席に行くね!」
他愛もない話をしながらみんなでお弁当を食べていると、突然島田さんが箸を止め、私の顔をじっと見るので、どうしたのかと聞いてみた。
「氷見谷さん、なんだか最近、急に雰囲気変わったよね!柔らかい印象になったというか……それに、以前にも増して綺麗になった気がする!」
「ええっ!?」
思いの外大きな声が出て、教室内に居る一部のクラスメイトが何だ何だとこちらを見た。
「わかる!肌も髪も綺麗だし!良いなー、何かしてるの?」
村野さんも倉橋さんも興味津々といった様子だ。
何かとは、使っているスキンケア用品やシャンプーなどを聞かれているのだろうか……?
「それ、私たちも聞きたい!」
そう言ってやって来たのは、一年生の時から同じクラスの友人、マイとユカだ。
「気になるよね!二人もこっちおいでよ!」
「いい?それじゃ、お邪魔しまーすっ」
マイとユカは素早く自分たちの椅子を持って来て、悪戯な笑みを浮かべながら私を見た。
更に、私たちの話を聞きつけたのか、この場で最も騒々しい人物がやって来る。
「あーっ!ちょっと待って!私も聞きたい聞きたい!」
一緒に昼食を取っていた女子グループを離れ、椅子を持ってこちらにやって来る小春ちゃん。
擦れ違えば振り返る人がいるくらいのキラキラ美少女オーラを放つ小春ちゃんが、美容のことで私から何を聞きたいと言うのだろう。
それについ数週間前に、近所の床屋でしか髪を切ってもらった経験が無いことを、私は彼女に笑われたばかりなのだ。
「それで、シャンプーとかトリートメントは何使ってる?」
島田さんはマイクに見立てた自身の手を私の口元へ向ける。爛々としたみんなの視線が痛い。
ここで下手な嘘を吐いて、高級なシャンプーの名前を言ったとしても小春ちゃんなどには絶対に見透かされてしまうだろう。(そもそも高級なシャンプーの名前なんて知らない)
「えーっと……」
使っているシャンプーとトリートメントの名前を言うと、何故だかわからないが「おー」という声が上がった。どれもドラッグストアで売っているものなのだけれど。
「じゃあ、使ってる化粧水は?」
「すごい細いけどダイエットとかしてる?」
「何のファッション誌読んでる?」
次から次へと質問が飛び出し、英語の小テストのことなどもはや誰も覚えていなかった。
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