13 : 最推しってやつ?
降り続く雨は一向に止む気配を見せない。強い風が窓ガラスを震わせ、数分おきに甲高い雷鳴が響き渡る。
「うわ、電車も停まっちゃってるみたいだね。親父、帰れんのかなぁ」
晴見くんはスマホの画面に視線を落とし、困った様子でそう言った。独り言のようにも聞こえたけれど、それにしては声が大きい。
「……台風の進路が逸れて、ほとんど直撃みたいね」
「マジかぁ。この調子じゃ、なかなか止みそうにないね」
晴見くんは掃き出し窓の方をちらりと見ると、憐れむような目で私に笑いかけた。
なにを言えばいいかわからず、笑い返すことも出来ず、私は無愛想な視線を晴見くんからテレビへと移した。
つい先ほどまで、大雨の中懸命に歩く人々やレポーターの姿を映していたはずが、いつの間にかお笑い番組に変わっていた。
晴見くんの家でソファに並んで腰掛けている、この状況が未だ信じられない。私は夢でも見ているのではないか。
出来ることならいつまでもこうして二人きりでいたいけど、徐々に沈黙の時間が長くなり、気詰まりも感じていた。
配信内でのリスナーとの会話なら饒舌になる癖に、こうして目の前の人と話すとなると上手く話せなくて、すぐに話題が尽きてしまう。相手が晴見くんなら尚更だ。
その時、一際烈しい雷鳴が鳴り響き、部屋の明かりとテレビの映像が同時に消えた。
「きゃあっ」
驚いた所為で柄にもなく高い声が漏れたが、晴見くんはさして気にもしていない様子で立ち上がった。
「あー、ブレーカー落ちたね。ちょっと見てくるよ」
「え?う、うん……」
リビングに一人残された私は、あまりの恥ずかしさに頭を抱えた。
意識しているのは私だけなんだろうなぁ……
部屋の明りもテレビも点かないまま、時間だけが流れていく。薄暗い部屋の中でじっとしているから時間が経つのが遅く感じるだけで、実際はそれほど経っていないのかもしれないけれど……
いや、それにしても、ブレーカーを見に行っただけにしては遅い。
私は思い切って、晴見くんを捜しに行くことにした。
「晴見くん……?」
リビングを出たところで周囲を見回してみたものの、人の気配は感じられない。
不安に思ったその時、二階へと続く階段の上から物音が聞こえたような気がした。意を決して階段を上っていくと、一番手前の部屋のドアが開け放たれていて、晴見くんはそこにいた。
晴見くんはクローゼットの中をごそごそと掻き分けて、なにかを探しているようだ。
ここは晴見くんの部屋だろうか……?
薄暗い室内を目を凝らして見回す。勉強机やベッドの上は整然としているが、壁にはアニメキャラが描かれたタペストリーがいくつか掛けられていて、本棚は所狭しと小説やライトノベル、漫画などで溢れ返っている。本棚の横には白のカラーボックスがあり、そこにはアニメキャラや企業に所属する有名VTuberのグッズが几帳面に並べてあった。
「晴見くん?」
部屋の前で呼びかけたが、どうやら聞こえなかったらしい。晴見くんは「どこやったっけ……」などと小さな声で独り言を言いながら、背中を丸めてクローゼットの中を探っている。
こういう時、許可を得ずに部屋の中に入っていいものか悩んだが、一応声はかけているし、私は躊躇いつつも室内に足を踏み入れた。しかし、晴見くんはまだ私が来たことに気が付かない。
「は、晴見くん!」
「うわっ氷見谷さん!?」
大きめの声で呼びかけて、ようやく私の存在に気が付いたかと思えば、晴見くんは背中をびくりと震わせて大袈裟な驚き方をした。
「びっくりしたぁ……」
「ごめんなさい。声をかけたけど全然気付かないから、勝手に入ってしまったわ。なにか探してるの?」
「うん。スマホの充電が切れそうでさ……兄のモバイルバッテリーが壊れたらしくて、最近俺のヤツを勝手に持って行くんだよ。だから昔使ってたヤツが無いか探してた」
スマホの充電ができなくて困っているはずなのに、晴見くんは何故かそのことを嬉しそうに話す。パンケーキを食べに行った時に、昔はお兄さんと喧嘩ばかりしていたと話していたが、彼の口ぶりから察するに、きっと仲が悪いわけではないのだろう。
「そう……そういえば、随分とアニメやVTuberのグッズを持っているのね」
グッズが飾られたカラーボックスへ私が視線を向けると、晴見くんは苦笑した。
「あはは、そうだね……趣味とか好きなものって言ったら、これくらいしかないからさ」
そう語る目はどこか寂しそうで、少し胸が痛む。私もいつか晴見くんの『好きなもの』になれるだろうか。そうしたら、晴見くんの『本当の笑顔』を見られるだろうか。
そんなことを思いながら飾られたグッズを見ていて、ふと気になったことがある。
一見すると、色々なキャラクターのグッズを満遍なく集めているように見えるが、その中でも
黒咲祈は大手企業に所属する人気VTuberで、真っ黒のシスター服を身に纏った長い金髪のキャラクターだ。
彼女の動画は数回程度しか観たことがないので詳しくないが、語学が堪能な上、配信内では様々な雑学を披露している為、『インテリ系VTuber』として名高い。が、その一方でゲームは超がつくほど下手くそで、おまけに対戦相手に負けるととんでもないくらいの悪態を吐く。……そのギャップが人気の理由だそうだ。
「晴見くんは、黒咲祈が好きなの?」
思い切って聞いてみると、晴見くんは何でもないような顔をして答えた。
「うん、ちょっと前まで一番好きだったかな。今はすふれが一番だけどね」
無邪気な言葉に他意は無いとわかっているのに、首から頭の先にかけて急速に熱くなっていく。
晴見くんが一番好きなのは真白すふれであって私ではない。いつか私を──今あなたの目の前にいる『氷見谷梓』を好きになってほしい。そうしたら退屈なこの世界も、
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