パンドラの匣

一の八

パンドラの匣

パンドラの匣



ミーン、ミーンミミーン



「これから、夏休みが始まります。

みんな、遊び過ぎて、宿題を忘れないように!」


担任の先生が“夏のしおり”を確認しながら、

連絡事項を伝えた。


「あと一つ、友達の家の冷蔵庫は、

勝手に開けたりして、ダメですからね。」


それは、そうだろ…



「何でなのー?」

クラスメイトが真っ直ぐな瞳のまま先生に投げかけていた。


「それは、「他人の家のもの」だからです。いいね。」


もうすぐ始まる夏休みを前に子ども達に言い聞かせていた


「はーい」

素直に答える声が、

教室の中に広がっていた




キーンコンカーンコン

キーンコンカーンコン


校門の前では、終業式を終えたクラスメイトが、一人またひとりと出て行く


小さな背中には、重くなったランドセルを背負う。


重いなぁ…


その姿は、まるでカタツムリの様だった。


こんなにもあったのかと、沢山の荷物がある事に気づかされる。



「ただいま」

「おかえり」


(暑いな…喉が渇いた。けど……)



先に帰宅していた兄は、ちょうど麦茶を飲む所だった。


兄と目が合う

何か言葉を出そうしたが、出てこない。


「あっ…」


先生の言葉が頭の中で繰り返し続けていた


「他人の家の冷蔵庫は、開けてはダメですからね…」



僕も兄みたい…



そこは、決して開けてはいけない

パンドラの箱


喉が渇きを覚えたままだった。


自分の部屋へと向かう階段がいつもよりも遠くにあるように感じていた




幼少期に母が亡くなった。

それは、あまりにも突然の事だったらしい



それから間もなくして、

3人兄弟の末っ子だった僕だけが、父子家庭という事もあり、親戚の叔母の家に預けられる事になった。




叔母さんは、とても怖い人だった。

悪い事をすると、当たり前の様に怒られた。


鬼が存在するなら、叔母みたいなものだと、なんてことも思う事もあった。



だけど、とても優しい人だったことに変わりなかった。


保育園まで送り迎えしてくれたり、

毎日美味しいご飯を沢山作ってくれた。




今から思うと、大変な苦労をかけたに違いない。叔母にも娘と息子がいたから



そんな、

母親の様な愛情を受けて、小学生になる事が出来た




ただ、僕は叔母に怒られるかもしれないと、

冷蔵庫は決して、

開ける事は出来なかった…

その事だけは、変わらなかった



小学生の頃に上がってから、

家族みんなで一緒に過ごすようになった。



だけど、まるで他人の家に来たかのような

自分の居場所を探していた


その頃の僕は、

姉や兄達と過ごした時期が短かった。



「あっー!またワタシのプリンがない。」

冷蔵庫を開けて、姉が言った。


「おれ、食べてないよ。」



そんな兄達の会話が、

他人の家の話みたいに聞こていた…








ミーンミーンミミーン


暑っついな。




「もう…梅雨明けたなこれは。」

ソファで横になる父がテレビを見たまま言った。


画面の向こうでは、

例年より早く、全国的の猛暑になる事を伝えていた。




喉が渇いた


冷蔵庫から麦茶を取り出した。

トクトク…

トクトク



その時、電話が鳴った。


「もしもし…」

姉からの電話だった。



「今度、お盆休みに実家に帰ってくるってさ。」

「そうか、あっ麦茶ありがとうな。」



「いや、それ俺が飲もうとしたやつ。まぁ、いいか。」




「おじさーん。オレンジジュースのむねー。」 

 

今日は兄の子供が遊びにきている。 

 

「こら!人さまの冷蔵庫を勝手に開けるんじゃない。それにオレンジジュースは今度のお盆にみんなで飲むものだからダメ」

  

「ちぇ。なんでヒトサマだと開けちゃダメなのー」

    

なんで他人の家の冷蔵庫は開けちゃだめなんだろう。僕は一息つくとこう答えた。

 


「…それはね、パンドラの箱だからだよ」 


「ぱんどら〜?」   



兄と姉は結婚して実家を出ており、

冷蔵庫を今1番使ってるのは僕か父だ。  



僕は冷蔵庫を見つめた。あれほど怖かった冷蔵庫がやけに小さく見えて、可笑しくなった。


 

「何でわらってるのー変なのー」 

「ねぇーぱんどらって何なのー」



今年の夏もなんだか賑やかになりそうだ。



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パンドラの匣 一の八 @hanbag

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