あいつ

赤根好古

第1話

「あいつや」

香山真吾は、モニター監視業務をしている。

そのモニターに写し出されている、ひとりの人物。

(あいつに間違いない。ということは、この辺りに、あいつの生活基盤があるはず)

真吾は、嫁に逃げられた。その原因となった男がモニターに写っている、青山一成だ。

真吾は、職場の同僚であるあゆみと、恋愛の末、結婚した。けれど、わずか半年であゆみと一成は、手と手を取り合って、一緒に逃げてしまったのだ。その大きな原因となった一成が、モニターに写っているのである。真吾は、仕事でなければ、すぐにでも一成の元へ飛んで行きたいくらいだ。

(もう、あゆみには未練はない。ただ一成を、一発ぶん殴りたいだけ。それで気分が晴れないやろうことは、分かってはいるんやけど)


真吾が、モニター監視業務を行っている職場は、スーパーマーケットで、常に万引き犯を、見張るのが仕事なのである。そしてモニターで、万引き犯を見つけると、無線で現場の警備員に指示を与える。万引き犯は、現行犯でないと、逮捕できない。そして万引き犯を尾行して、わずかなあいだにでも見失ってしまうと、そのあいだに、万引き犯にトイレや布団等の商品の隙間に、盗品を置かれてしまい、その万引き犯の持ち物を調べても盗品が見つからなければ、犯人と断定できない。

真吾が、モニターに写った一成を見て以降、休みの度に、自宅から電車で一時間以上かかるこの街を、あてもなくうろついた。あゆみと会うであろうことは考えもせず、ただ一成に会いたいだけ、一成を一発、ぶん殴りたい、ただそれだけ。


モニターで、一成を見つけたのが4月で、早くも3ヶ月が経った。その月日と共に、真吾の一成への怒りの気持ちは、夏の暑さと反比例するかのように、だんだんと、しおれてきた。自分の心に、そして一成を探しているこの真吾の行動は、徒労に終わってしまうんではないかと。

(たとえ、あいつを殴ったからって、それがどうなるというんや。あゆみを取り戻せる訳でもないし。益々、自分が惨めになるだけと違うんか)


そんなある日。偶然、買い物帰りのあゆみとバッタリ。

「あっ」

と、あゆみは言うだけで棒立ちに。あゆみは、紺のミニスカート姿で、大柄な身長からはみ出した太腿が、大人の色気を醸し出している。けれど真吾は、冷めた目で顔を引きつらせながら

「久しぶりやな元気か」

「え、えぇ」

と、あゆみは消え入りそうなくらいの声で。

真吾は

「あいつの方が、俺より良かったんか」

と、真実を突くと、あゆみは

「あ、あの私、あのひとに無理やり連れて行かれたの」

「ケッ」

と、有りもしないことを言うもんやと、真吾は思いながら

「本当のことを話せ、話したら許したる。俺は、おまえより一成の方が憎いんや」

そう言ってもあゆみは、下を向いたままだ。


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