最終話

 数時間後。案の定――善太郎にも「僕が仁美にプロポーズした」という事実が伝わった。というよりも、仁美が善太郎に伝えたのだろう。

 善太郎がスマホ越しに話す。

「おう、エラリー。――ついに仁美に対してコクったらしいな」

「べ、別にそういうつもりはなかったんだけど」

「まあ、いいじゃねぇか。オレは歓迎するぜ? それはともかく、漸く京都府警の事情聴取が終わったところだ」

 ああ、そうだった。善太郎は「王論宗に拉致されていた」ということもあって、京都府警から事情聴取を受けていたんだった。

「どういう訳か、オレの親父だけじゃなくて大阪府警の綾瀬刑事も同席してたぜ? まあ、事件現場が『大阪から京都にかけて』という広範囲に渡っていたから、大阪府警が同席するのも分かるんだけどな」

「それで、事情聴取の結果はどうだったんだ?」

 僕が聞くと、善太郎は淡々と説明してくれた。

「ああ、なんというか――面倒だった。綾瀬刑事が同席していたから当然だよな。結局のところ、大槻美優の殺害事件を除いて、王論宗が関わった事件はすべて吐いてくれたぜ?」

「大槻美優の殺害事件だけは、真相は闇の中ということなのか」

「どうだろうか。若田洋平は王論宗に殺害されたからな。――もっとも、証拠隠滅というか、口封じのために殺害したようなモノだろうけど」

「口封じか。よくあるパターンだな」

「――ただ、気になることが一つある」

「一体なんだ」

「若田洋平は、何のために『その手の店』に通っていたかだ」

「確かに。妻子持ちだったら、『その手の店』に通うことなんてないよな。――もしかして、夫婦関係に亀裂が生じていたとか?」

「そんな大袈裟な話、あるのか?」

「もしかしたら、あるかもしれない」

 そんな中で、善太郎が提案を持ち出す。

「――そうだ、今度京都に来てくれないか? 当然だが、仁美はお留守番で頼む」

 仕方がないので、僕は提案を飲むことにした。

「それはそうだろう。彼女には刺激が強すぎる」

 それから数日後。僕は――再び明智エージェンシーの事務所の中にいた。当然、仁美の姿はない。このエレベーターも、なんだか慣れてきたな。

 6階に上がると、事務所の入口で善太郎が待っていた。

「おう、エラリー。よく来たな」

「当然だろう。先輩として、約束を放り出すことはしないからな」

 *

 応接間に座って、善太郎がゲーミングパソコンからモニタを繋ぐ。――そこは、タブレットに転送しないのか。

 そして、モニタには――件の事情聴取についてのまとめが映し出されていた。

「おう、これが――一連のまとめだ。とにかく、今回の事件は最後に殺害された若田洋平を除いて7人もの被害者が出ている。――7人か」

「善太郎、どうした?」

「おい、エラリーは『七つの大罪』を知っているか」

「ああ、キリスト教における『タブー』みたいなモノだろう?」

「正解だ。『七つの大罪』は――傲慢、嫉妬、憤怒ふんぬ怠惰たいだ、強欲、暴食、そして色欲しきよくの7つで構成されている。こうやって並べると、クズの塊みたいなモノだな」

「確かに、そう見えるな。――正直言って、善太郎は『色欲』にまみれているのでは?」

 僕が善太郎に対して「七つの大罪」に擬えて茶々を入れると、それを否定した。――若干、顔が強張こわばっている。

「エラリー、オレはそんなことないぜ? それに、オレには――嫁がいる」

「いたのか」

「いないとでも思ったか」

「いや、そこまで人のプライバシーについてディグるつもりはない」

「――コホン。まあ、『七つの大罪』の見立てというのは考えすぎだと思うが……どうも被害者7人というのが引っかかる」

「でも、若田洋平を入れたら8人だろう」

「確かに、そうだな。――今の考えは忘れてくれ」

 ――善太郎は、何を考えているんだ? もしかして、自分の推理に「引っ掛かる部分」でもあったのだろうか?

 深刻な顔をする善太郎に対して、僕は――あることを話した。

「善太郎、少しいいか。善太郎がどう思うかは分からないが、多分――この事件の真相は、思いの外しょうもないモノかもしれない」

「しょうもないモノ?」

「なんというか――ほら、アレだ」

「アレ?」

「王論宗は、多分――『爆龍』を追放されて自棄になっていたんだ」

「じゃあ、もしかして――王論宗が相次いで殺害事件を起こしていた理由って、自分が『爆龍』のメンバーから追放されたから、その報復のためってことなのか?」

「ああ、だいたい合っているかもしれない」

 僕がそう言うと、善太郎は――僕の背中を叩きながら喋った。痛い。

「エラリー、お前はオレよりも探偵らしいな。――そうだ、お前、オレの助手にならねぇか?」

「いや、それは断る。でも、小説家が探偵の助手というのは――推理小説の華だな」

 *

 それから、善太郎は――自分の父親に電話をかけた。

「親父、少しいいか」

「ああ、善太郎。どうしたんだ」

「実は、オレから親父に伝えたいことがある。例の事件に関してだが――王論宗の動機は吐き出せたのか?」

「当然だ。殺害の動機に関しては最後まで黙秘権を貫いていたが――先ほど、漸く吐いてくれた。曰く『自分が犯罪組織から追放されて、その報復のために人を殺そうと思った』とのことだ」

「ああ、矢っ張り」

「善太郎、それはどういうことだ?」

「いや、オレの友人が同じ事を言っていたから」

「友人――江成君か」

「なぜそれを知っているんだ」

「当然だ。善太郎にとって、一番の友人といえば――江成君だと思うからな」

 そうか。明智警部から見ても――僕の友人は善太郎なのか。

 明智警部は、善太郎に話を続けた。

「それはそうと、友人は大切にするんだな」

「おう、分かってるぜ。――正直言って、エラリーがいなければオレは破綻してたからな」

「そうか。それはそうと――私は調書の校閲に追われているから、これで失礼する」

 そう言って、明智警部は電話を切った。

「――という訳だ」

「ああ、スピーカーホン越しに聞いていた。善太郎、良い父親を持ったな」

「そうだな。――というか、オレは『親ガチャ』で最高レアを引き当てたからな。その点では両親に感謝しているぜ?」

「ああ、そうだな」

 それはともかく、結局のところ――今回の事件は、脈略がないように見えて、実は緻密につながっている。それは僕の目から見ても明らかだし、善太郎の目から見ても明らかだろう。当然だけど、仁美の目から見ても明らかだ。

 結局の所、人間は「争いをする動物」であるという。たった1つの殺人から、世界的な「戦争」というモノにつながってしまうし、最悪の場合――「殺戮さつりく兵器」というモノで国1つを消滅させてしまう危険性もある。

 少し前に映画館で見た映画の中に、『オッペンハイマー』という映画があった。それはタイトルの通り原子爆弾の開発者であるロバート・オッペンハイマーを題材にした映画であり、劇中の中で彼は「我は死なり、世界の破壊者なり」という言葉を残している。

 結局のところ、犯罪の動機は人それぞれだが――殺人事件に関しては「くだらない動機」から「真面目な動機」まで、多岐に渡る。しかし、オッペンハイマーという人物が開発した原子爆弾は広島と長崎に投下されて、多数の死者を出している。だから、オッペンハイマーは日本人から見れば「大量虐殺者」という見方ができる。とはいえ、オッペンハイマーは直接日本に対して原子爆弾を投下した訳ではない。彼は飽くまでも原子爆弾を開発しただけであり、実際――開発してしまったことを後悔している。

「馬鹿とはさみは使いよう」という言葉がある通り、どんなモノでも使いようによっては人を傷つけてしまう可能性がある。

 一連の事件で、僕は「人を殺すことは悪いことである」ということを改めて学んだ。小説家という職業柄、僕はダイナブックのワープロソフト上で多数の人間を殺害しているが、それは飽くまでもフィクションの中の話である。実際に人を殺している訳ではない。

 確かに、少しの憎しみから「殺意」に変わってしまうことはあるかもしれない。けれども、実際に殺意を持って殺害してしまったら――その時点で、真っ当な人生に対して「バッドエンド」というピリオドが打たれてしまう。

 じゃあ、どうすれば人を殺さずに済むのか。それを考えるのは――難しい。難しいからこそ、僕はこうやって生きているのかもしれない。

 *

 善太郎と別れて、京都河原町駅へと向かった。当然、芦屋に帰るためだ。帰路は長いので、スマホで聞き慣れた音楽を再生する。あまりにも聞き慣れすぎて、耳にタコが出来てしまいそうだ。

 阪急の京都線ということもあって、車窓からは――今までの事件現場が見える。高槻市ではこんな事件があった、茨木市ではこんな事件があった、十三ではこんな事件があった……。なんだか、色々あったな。でも、色々あったからこそ――仁美や善太郎とは再会できたし、僕は小説家として再起することができた。そして、なによりも――明智恭崇や綾瀬瑞希という警察官とのコネクションもできた。何も悪いことばかりではない。

 十三から神戸線に乗り換えて、さらに西宮北口で普通に乗り換える。普通に乗り換えてしまえば、芦屋まではすぐそこである。

 芦屋川駅は、すでに暗闇に包まれていた。――スマホの時計を見ると、午後10時だから当然だろうか。終電までに帰れただけでも御の字だ。

 駅から芦屋川沿いを歩いて、アパートへと向かう。そして、いつものアパートが見えてきた。

 203号室の鍵を開けて、部屋の中へと入っていく。部屋の中は、相変わらず散らかっているが――平常運転だ。

 ふと、天井を見つめてみる。思えば、僕はこの天井にロープをぶら下げて命を絶とうと思ったこともあったな。けれども、今はそんなことを思わない。むしろ――死にたくない。「死ぬということ」がどれだけ怖いことなのか、一連の事件で痛いほど思い知った。

 どうせ死ぬなら、老いて死ぬべきだろう。誰かの手によって強制的に命を絶たれるぐらいなら、自分の手で命を絶ったほうがまだマシだ。

 とはいえ、今はまだ「死ぬべきとき」ではない。仁美との付き合いも始まったばかりだし、担当者曰く「新作小説のゲラの評判が良い」とのことだった。

 ――なんだかんだで、僕の人生はまだ捨てたもんじゃない。(了)

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【完結】阪急京都線コネクション 卯月 絢華 @uduki_ayaka

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