Final Phase それからの話
第28話
例の「ポーカー殺人事件」が解決してから1週間後。僕と仁美は――明智エージェンシーの事務所内にいた。要するに、怪我で入院していた善太郎に対する快気祝いである。
仁美が、善太郎に対して素朴な疑問をぶつける。
「それで、結局王論宗の処遇ってどうなんのよ?」
善太郎は、仁美が持っていた疑問に対して答える。
「分からん。――まあ、極刑とは言わんが懲役10年ぐらいだろうな」
「なるほどねぇ。――死刑じゃないってのが、私的には許せないわね」
「その辺の裁量を決めるのは、裁判員だ。警察に権限がある訳じゃない」
「それは知ってるけど……矢っ張り、王論宗のせいで明智先輩がひどい目に遭ったし、彼にはそれ相応の罪を償ってほしいわね」
「まあ、オレを
僕も、善太郎と仁美の話に加わる。
「どうして、王論宗は善太郎を攫ったんだ?」
僕の質問に、善太郎は答えていく。
「ああ、恐らくだが――王論宗は、オレの弱みを握っていたのだろう。オレは、職業柄そういう事件に関連した資料を所持しているからな。エラリーや仁美には見せられないが、オレが所持している機密資料は数多くある訳だ」
「なるほど。――そこをなんとか」
「そこをなんとか? エラリー、どういうことだ?」
「正直言って、最近小説に悩んでいたんだ。なんというか――万策尽きているというか、ネタ切れというか、とにかく上手く小説が書けないんだ」
「江成くん、また何か書いてんの?」
そう言って、仁美は僕のダイナブックを覗き見る。確かに、ダイナブックの画面には新作小説の原稿が表示されていたが――ほとんどまっさらと言っても過言ではなかった。
当然ながら、主人公は――浅賀善太郎である。件の事件を追っているうちに書いていた掌編『阪急京都線コネクション』を商業向けに膨らませようとしたが、流石にそれはマズいと判断したので――全く別の小説を書こうとした。しかし、どうしてもあの事件に引っ張られていく。このままじゃマズい。そう思いつつ、僕は仁美に話した。
「ああ。浅賀善太郎を主人公とした新作小説だが――何も考えていない。ここは、原点に帰って『新本格』のようなモノを書くべきだろうか」
「うーん、どうだろう? 江成くんが行き詰まってる原因って、『枠に囚われてるから』じゃないのかな? 私が小説家なら、もう少しこうして、こうして、こうかな?」
そう言いつつ、仁美は勝手にダイナブックのキーボードを打っていく。
「仁美、何しているんだ?」
「えへへ、ちょっと小細工。私だって、こうしたいのは確かよ?」
仁美が僕の原稿に施した小細工――それは、一種の「校正」のようなモノだった。そういえば、仁美の「インフルエンサー」じゃない方の仕事を聞いていない。
「ところで、仁美って本当はどんな仕事をしているんだ?」
僕の疑問は――あっさりと氷解した。
「――デザイナーよ。神戸の小さなデザイン事務所で働いてるの」
「そうだったのか。それにしては――ゾンアマに掲載されていた僕の拙作のレビューが的確だったが」
「デザイナーって、ただ単にデザインするだけが仕事じゃないのよ。文章とかも考えないといけないからさ」
「確かに、そうだな。だから、あの文章量でレビューを書いていたのか」
「正直、『ちょっとやり過ぎ』かなって思ったけど、矢っ張り江成くんが小説を書いているとなると、私も腕が鳴るからね」
「まあ、勝手にしてくれ。――それはともかく、善太郎は僕の小説についてどう思っているんだ?」
チーズハンバーガーを頬張りつつ、善太郎は僕の質問に答える。
「面白いと思ってるけど? オレは嫌いじゃないぜ?」
そうなのか。まあ、こうして友人の間で読んでもらえるんだったら、僕はそれでいいかな。
*
そういえば、善太郎という人物は謎が多い。それは、彼の目元が常にサングラスで隠されているからなのか。
しかし、ふとした瞬間に――彼はサングラスを外した。確かに、目元はあのとき見た色素の薄い眼をしていた。
「素朴な疑問だが、善太郎って――どうして目の色が薄いんだ?」
「ああ、オレの叔父――六之進が、厳密に言えば日本人じゃないからだ」
「日本人じゃない? じゃあ、一体何人なんだ?」
「少し前に家系図を見させてもらったが、彼のルーツはドイツにあるとされているらしい。それも、ただのドイツ人じゃなくて――ユダヤ系ドイツ人だ」
「ユダヤ系ドイツ人? ああ、最近話題の映画に登場する科学者もそういう家系だったか」
「そうだ。というか、エラリーも『オッペンハイマー』を見たのか」
「当然だ。敗戦国の人間としてあちら様の正しい歴史認識は持っておくべきだからな」
「コホン。――それで、どうやらオレの叔父は戦時中にドイツ人との交流があったらしい。詳しいことはよく分からないが、なんでもいろいろな兵器の開発にも関わっていたとのことだ」
「なるほど。――それ、小説のネタにできないか?」
「どうだろうか? まあ、やれるだけやってみろ。脱稿したら、オレに読ませてくれ」
善太郎からの助言で――浅賀善太郎という人物は、一つのヒーローとして形成されていった。多分、それは今後描いていく僕の小説にも大きく影響を与えそうな、そんな具合だった。
*
それから、僕の指は順調に小説を書き進めていた。なんというか、仁美と善太郎という2人と再会したことによって、僕の中で「何か」が変わろうとしていたのだ。それは、少なからず一連の事件から影響を受けたというのも事実だろう。
ふとした時に、僕は初期の頃に執筆した掌編を読み返す。――文章が拙い。そう思いつつ、僕はダイナブックをスリープから復帰させる。
なんとなく、キリが良い所で文章が終わったので――僕はその小説に「了」の文字を打つ。そのページ数、文庫本に換算して約200ページ。流石に京極夏彦のような分厚い小説を書くことは無理だが、僕としては長い方かもしれない。
あとは、丸川書店の担当者に提出するだけだ。どういう反応を示すかは――神のみぞ知る。
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