第18話

 件の事件が起こってから数日後。高槻市駅で新たな殺人事件が起こった。

 被害者は一橋徹也という男性であり、トランプの並びは――「♤2♡2♧8♢Q♤7」となっていた。要するに、ワンペアが成立している。

「一橋」という名前だからワンペア――というのは、考えとしてはあまりにも安易である。しかし、現状だとそう考えざるを得ない。

 オレは、高槻市駅で綾瀬刑事とともに遺体――一橋徹也だったモノを調べる。

「善ちゃん、トランプの並びがワンペアっていうのは本当なのかしら?」

「本当だ。その証拠に、スペードの2とハートの2が並んでいる。この時点でワンペアが成立しているということだ」

「そういえば、この並びって――犯人が並べたのかしら?」

 言われてみれば、そこが気になる。普通に考えれば「犯人が並べたモノ」として考えるべきだろう。とはいえ、そうとは限らないのも事実である。

 瀬川刑事は話を続けた。

「犯人に、そこまでの考えがあるのかしら? 私はそうとは考えられないわ」

「それはどういうことだ?」

「なんて言うんだろう……。とにかく、犯人は本当にポーカーのルールを知っているのかどうかが分からないのよね」

 疑問をていする瀬川刑事に対して、オレはポーカーのルールを簡単に説明する。

「いくら何でも、ポーカーのルールぐらいは知っているだろう。――1つの数字が揃えば『ワンペア』、2つの数字が揃えば『ツーペア』、3つの数字が揃えば『スリーカード』、5つのトランプが順番通りに揃うと『ストレート』、ワンペアとスリーカードの組み合わせで『フルハウス』、5つのトランプのマークが揃えば『フラッシュ』だ。ちなみに、10からAまでの数字が揃った状態で同じマークだと『ロイヤルストレートフラッシュ』になる。――当然だが、ロイヤルストレートフラッシュは最強の役であり、賭け事における配当も高いんだぜ?」

 そこで、漸く瀬川刑事は納得した。

「なるほど。――そういうモノに疎い私でも、確かに『ロイヤルストレートフラッシュ』が最強の役ということは知っているわよ? その役自体『全部盛り』としての意味で使われることが多いからね」

「確かに、全部盛りという意味合いでロイヤルストレートフラッシュを用いることは多いな。先日も、ステーキハウスでトッピング全部盛りのステーキに対して『ロイヤルストレートフラッシュ』というメニュー名が付けられていたのを見た」

「なるほど。――それ、どこのステーキハウスかしら?」

「京都の四条河原町だ。今度案内するぜ?」

「あら、助かるわね。――コホン。とにかく、この遺体はワンペアの見立てで間違いないわね。となると、矢っ張り次はツーペアかしら?」

 瀬川刑事がそう言うので、オレは――当たり前の答えを返した。

「順当に行けばそうなるな。ただ、これ以上遺体が増えるのは阻止したい。そのためにも、大阪府警と京都府警には連携してもらいたい」

 当たり前の答えに対して、瀬川刑事は――親指を上に向けた。そして、言葉を発した。

「分かったわよ。――善ちゃんの頼みなら、何でも聞くわ」

 多分、瀬川刑事はこの事件が連続殺人事件になることを見越していたのだろう。というか、既に3人が殺害されている。――これ以上、殺人があってたまるか。

 *

 オレの探偵事務所は、京都の四条通にある。四条通と言っても、少し外れの方であり――京都の景観条例スレスレのビルの最上階に構えている。当然だが、探偵としての仕事は人捜しや身辺調査がメインであり、殺人事件の解決を任されることは滅多にない。

 ただ、オレの親父――浅賀恭崇は京都府警捜査第一課の警部なので、度々事件の話を聞くことがある。いつかはオレも親父の仕事に関わりたいと思っているが、現実は甘くない。

 現実が甘くないからこそ、オレは探偵としてこうやってゲーミングチェアに座っているのだ。――チャイムが鳴っている。依頼人だろうか?

 そう思って、オレは事務所のドアを開けた。そこにいたのは――玖院だった。

「おう、エラリーか。――どうしてこんなところに?」

 オレがそう言うと、玖院は――ノートパソコンを開いて画面を見せた。

「あれから件の殺人事件を考えていたけど、矢っ張り色々と気になることがあって。別にビデオチャットでも良かったんだけど、ここは実際に見てもらったほうが早いと思ったんだ」

 ノートパソコンの画面には、トランプの並びが映し出されていた。

 トランプの並びは――遺体の近くに置かれていたトランプと同じだった。

 玖院は、話を続ける。

「僕の見解が正しければ――2つの事件は『試し殺し』といったところかもしれない。遺体はいずれも胸部を刺されているが――

 刺殺とは限らない? 玖院は一体何を考えているんだ? オレはそれが分からなかったので、彼に真意を聞くことにした。

「いや、どう考えても刺殺だろう。他にどんな可能性が考えられるっていうんだ?」

 そう言うと、玖院は「間」を置いて、オレの質問に答えた。

「――毒殺だ」

「毒殺? 刺殺というのは――フェイクなのか?」

 オレが逆に疑問をぶつけると、玖院は――思わぬ答えを返した。

「ああ、恐らくフェイクだ。これは僕の考えだけど、犯人は被害者に毒を飲ませた。そして、見せかけのために胸部にナイフを突き刺したように――偽ったんだ」

「でも、御城丈瑠の衣服から彼の体液反応は出ているぜ? あの『赤い液体』は何なんだよ」

「トリックとしては安易かもしれないが、恐らく塗料だろう」

「塗料? あの、ペンキとかそういう類のモノか?」

「そうだ。犯人は、被害者を毒殺した上で――胸部に塗料を撒いた。そして、偽物のナイフを胸部に置いた。それが僕の考えだ」

 そこで、玖院の説明は終わった。一見眉唾のように見えるかもしれないが、彼の考えはあながち間違いではないかもしれない。オレはそう思った。

 そして、玖院はオレのスマホに「一連の殺人」に関するトリックの手段を送った。メッセージは5つに分けて送られていて、ついでにトランプの並びを暗号化したモノも書いてあった。今となってはトランプの並びはあまり意味がないが――そういえば「スペード」は「死」を表す記号であると何かで読んだ覚えがある。矢張り、最終的にはスペードのロイヤルストレートフラッシュも成立してしまうのだろうか。今はそういうことを考えるには早いかもしれないが、オレは考えていた。

 玖院が帰った所で、オレは一連の事件の整理をした。

 どうせ、こんな事をしても無駄なだけとは分かっていたが――矢張り、整理をせざるを得ないのは探偵の性なのだろう。

 オレの考えと玖院の考えをまとめた上で、瀬川刑事の考えもまとめていく。

 そこで、オレは「あること」を閃いた。「あること」とは、すごくシンプルなことであり、多分――誰にでもできることなのだろう。

 まず、トランプを用意する。次に、赤色の絵の具を用意した。遺体の代わりとして人型に切り抜いた厚紙を用意して、最後に――模造刀を用意した。

 厚紙に絵の具をぶちまけて、模造刀で胸の辺りを貫こうとする。しかし――厚紙とはいえ、理論上不可能である。これが生身の人間だと、尚更不可能だろう。

 だとすれば、矢張り――一連の事件は刺殺ではなく、毒殺なのか? オレは、パソコンであらゆる毒物を検索した。

 ヒ素、青酸カリ、フグ毒、トリカブト……。人間にとって「毒」となり得るモノは、数多く存在するという。当然、人為的に作った毒も存在する。それは稀に大量殺人に使われる事があり――オレが知っている中での最悪の大量殺人事件である「地下鉄サリン事件」でも用いられていた。そういえば、「地下鉄サリン事件」を引き起こしたテロリストは元々宗教団体だったな。しかし、いつの間にか暴走して――テロリストになってしまった。

 最初はそういうつもりじゃなくても、どこかで歯車が狂うと暴走してしまうのか。オレは、その宗教団体が起こした一連の事件を――子供心にテレビで見ながら思っていた。

 結局、日本国内においてサリンを用いた殺人事件が起こったのは「地下鉄サリン事件」が最後になったが、矢張り「いつどこで誰が何をするか」は分からない。分からないから、この国は「元総理大臣が殺害される国」になってしまったのだろうか? いや、そんなことを考えても仕方はないか。

 そういえば、玖院が持ってきた資料の中に――「爆龍」という犯罪組織の資料があったな。

 オレは、その資料をパラパラとめくる。

 パラパラとめくった資料の中に、オレは気になる事件を見つけた。

 ――神戸市内で刃傷沙汰。犯人は未だ逃亡中。

 一見関係なさそうに見える資料だが、オレからしてみれば――多分、この刃傷沙汰と一連の殺人事件は同じ犯人だろう。じゃないと、こんなことは出来ない。

 早速、オレはパソコンで「爆龍」を調べた。

 当然だが、「爆龍」に関する記事やサイトは大量に見つかった。その大半は眉唾ものだったが、令和6年1月某日付の朝売新聞あさうりしんぶんの記事で気になるモノを見つけた。

【梅田の家電量販店でトレーディングカードを偽造か 中国人を逮捕 朝売新報】

 ――もしかしたら、今回の事件と関係あるかもしれない。オレはそう思った。

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