Phase 04 逃した魚の行方

第13話

 それから数日は「爆龍」に関する聞き込み調査を行っていた。――というか、聞き込み調査を行うのは善太郎であって、僕と仁美がやることといえば聞き込み情報を元に行うプロファイリングでしかない。

 当然だが、ビデオチャットを使ってミーティングのようなモノも行った。わざわざ芦屋から京都に行くのも面倒くさいので当然だろう。

 しかし、それで情報を得られるかどうかといえば――微妙であり、大した情報を得ることは出来なかった。

 聞き込み調査を行ってから1週間が経った頃だった。小説家である僕に対して曜日の概念はほぼ「ない」に等しいのだが、善太郎や仁美と行動を共にするようになってから「土曜日は京都に集合する」という約束が出来たのだ。

 そして、まさしく僕は今阪急京都線で京都河原町へと向かっていた。――正直言って、烏丸で降りたほうが電車賃は少しだけ安いのだけれど。

 終点である京都河原町駅で下車して、明智ビルへと向かう。――このルートも慣れてきた。

 そして、エレベーターでビルの最上階へと上がる。

「明智エージェンシー」というダサい看板を目にしつつ、僕は事務所の中へと入る。事務所の中では、善太郎と仁美がレースゲームをやっていた。――仕事はどうしたんだ、仕事は。

 仕方がないので、僕は善太郎に事件の聞き込みに対する進捗状況を聞くことにした。

「善太郎、あれからどうなっているんだ?」

「エラリー、残念だけど脈ナシだ。――正直言って、詰んでいる」

「まあ、そんなことだろうとは思ったが。それよりも、僕は爆龍について気になる情報を手に入れた」

「おう、教えてくれ」

 そう言って、僕は持ってきダイナブックを開いた。そして、クルッと回して善太郎の方へ向けた。

「分かった。――僕が入手した爆龍の情報だが……どうも、ここ最近神戸で起こっている刃傷沙汰の大半は爆龍が関わっているらしい。つまり、南京町で発生した刺傷事件も爆龍のメンバーによるもので間違いない。ただ、メンバーまでは分からないとのことだ」

 僕がそう言ったところで、仁美も意見をぶつけた。

「あっ、そういえば――私、この間三宮で怪しい男性を見たわ。なんかナイフを持ってたから『怖い』なんて思ってたけど、男性はそそくさと逃げてったから結局分からずじまいだわ」

「そうなのか。――それ、もしかしたら爆龍のメンバーかもしれないな。仁美、他に情報はないのか?」

「ごめん。それしか情報がないのよ」

「分かった。――善太郎、今の仁美の話は聞いていたか?」

 善太郎はポッキーをくわえながら、僕の質問に答える。――コイツは真面目に話を聞いているのか?

「ああ、もちろん聞いてたぜ? とにかく、その刃物男は――一連の事件に関わっていると考えても良さそうだな。あとはどうやってとっ捕まえるかだけど、エラリーは何か案でも持ってんのか?」

 突然そんなこと言われても――持っている訳がないだろう。僕は否定した。

「残念だが、持っていない。――多分、京都府警の明智警部や大阪府警の綾瀬刑事みたいな人間に任せるのが手っ取り早いだろう」

「まあ、そうだわな。――どうせ、オレたちの出る幕はないと思ってた」

 僕は善太郎からポッキーを1本拝借しつつ、コーヒーを飲んだ。――相変わらず、善太郎の淹れるコーヒーは薄い。

 そして、コーヒーを飲んだところで善太郎に提案をした。

「そうだ。――ローラー作戦というのはどうだ?」

「ローラー作戦? どういうことだ?」

「今まで事件が発生したのは阪急京都線の特急の停車駅だ。それは気付いていただろう?」

「ああ、当然気付いているぜ? でも、どうやってローラー作戦を結構するんだ?」

「――『阪急京都線コネクション』だ。つまり、阪急京都線の特急停車駅に京都府警や大阪府警を配置して、そこで一斉捜査を行うんだ」

「なるほど。――面白いじゃねぇか。オレの親父が聞いたら喜びそうだな」

「多分、明智警部は喜んで僕の作戦の乗ってくれるはずだ。――善太郎、お父さんを呼んでくれないか?」

 当然だけど、善太郎は僕の質問を否定した。

「正気か? オレの親父を何だと思ってんだ?」

 でも、僕はその否定に対して更に否定する。

「いや、これは善太郎のお父さん――明智警部の力が必要なんだ。頼む、呼んでくれ」

 呆れつつも、善太郎はスマホで自分の父親――明智警部に連絡した。

「もしもし? 親父? ちょっといいか? オレは今エラリー――要するに友人である江成球院と共に行動しているんだが、どうしても親父の力が必要になった。今すぐ来てくれないか?」

 そんな都合の良い話なんてある訳ない。僕はそう思っていた。

 しかし、どういう訳か――交渉はあっさりと成立した。

 数分後、明智警部が事務所の中へと入ってきた。善太郎は少しビビっていたが、父親の前だとビビって当然だろうか。

「えっと、君は――御射山公園で会った善太郎の友人だったな」

「そうだ。善太郎の友人――江成球院で間違いない」

「私は善太郎の友人――小林仁美よ。まあ、善太郎経由で知っているでしょうけど」

 明智警部がソファーへと座った所で、僕たちは作戦会議を行うことになった。

「それで――『阪急京都線コネクション』の件だが、大阪府警には連絡したのか?」

「ああ、連絡した。大阪府警は口を揃えて『正直なのか?』と言っているようだが、ここは江成君の作戦を信じようと思う。万が一の事態に備えて、兵庫県警捜査一課にも連携してもらえるようにお願いした」

「ああ、助かる」

 僕が提案した「阪急京都線コネクション」とは――要するに、阪急京都線でも特急停車駅にそれぞれ警官を配備して、怪しい人物を確保するというモノだった。シンプルそうに見えて、大阪府警と京都府警の連携が必要という面倒くさいモノになっている。――ただ、ターゲットを特急停車駅に絞ることによって、ある程度の犯人の絞り込みは行えるだろう。僕はそう思っていた。

 僕と仁美と善太郎、そして明智警部との協議の末に――既に事件が発生してしまった淡路駅、茨木市駅、高槻市駅、長岡天神駅、烏丸駅はノーカンとした。つまり、警官を配備すべき駅は――十三駅と桂駅、そして終点である京都河原町駅だけである。意外と少ない。

 僕の作戦を聞いた上で、明智警部は配備すべき人材をまとめた。

「桂駅は部下に任せるとして、河原町駅は私が責任を持って警備するしかない。あとは十三駅だが、ここは矢張り大阪府警に頼むべきか」

「それなら、オレから綾瀬刑事に連絡しておくぜ」

「そうか。――善太郎、しっかりと頼むぞ」

「分かってるぜ、親父。オレを何だと思っているんだ?」

 善太郎の質問に対して、明智警部は正論を答えた。

「ドラ息子。放蕩息子。明智家の恥晒し」

 あまりの正論っぷりに善太郎は若干ドン引きしていたが、多分平常運転なのだろう。僕はそう思いつつ、とりあえずポッキーを2本つまんだ。

 *

「それじゃあ、後は私たちに任せるとして――善太郎、少しいいか?」

 帰ろうとしたところで、僕は明智警部に引き止められた。――一体、何なのか?

「明智警部、何かあったのか?」

「いや、大した用事ではないのだが……江成君は、善太郎のことをどう思っているんだ?」

 その質問に対する答えは――分かり切っていた。

「もちろん、大事な先輩だと思っている。彼がいなければ、僕は――大学でも孤立していたからな」

「そうなのか。――友達は、大事にするんだぞ?」

「分かっている」

 そう言って、僕は事務所から踵を返した。ちなみに、仁美は四条河原町で買い物をしてから帰るらしい。

 帰りの特急の中で、僕はなんとなく件の女性アーティストのあるアルバムを聴いていた。ネイティブアメリカンの衣装に身を包んだ彼女のジャケ写が、当時はかっこいいと思っていた。一応、このアルバムが彼女のアーティストとしてのキャリアの絶頂期なのだろう。その証拠に、無数のタイアップ曲が収録されている。

 そんなアルバムを聴いているうちに電車は十三駅へと停車した。――下車しなければ。

 神戸線の特急に乗り換えようとホームを移動していると――パトカーのサイレンが聞こえた。最初は幻聴かと思ったが、どうやらそうでもないらしい。早速「阪急京都線コネクション」が発動したかに見えたが――実際は、それ以上にもっと厄介なモノだった。

 パトカーの気配を察知した僕は、神戸線に乗り換えずにそのまま十三駅の改札を抜けた。

 十三というのは、大阪の中でも屈指の治安の悪さを誇る。故にパトカーは常に十三の街を走っているのだ。

 ごみごみとした十三駅前で、パトカーと救急車が停まっていることに気付いた。――事故か、もしくは事件か。

 僕はブルーシートが敷かれた方へと向かう。――綾瀬刑事が、「女性だったモノ」の前でメモ帳を取り出している。

 とりあえず、僕は綾瀬刑事に声をかけた。

「綾瀬刑事、どうしたんだ?」

「あら? 君は――あの時の探偵の助手ね。確か、名前は……」

「江成球院だ」

「そうそう、それ。――江成くん、この遺体を見てどう思うかしら?」

 綾瀬刑事が指した先には、「女性だったモノ」の横に――見事なロイヤルストレートフラッシュのトランプが並んでいた。当然だが、トランプの並びは「♤10♤J♤Q♤K♤A」である。

「――ああ、今までの事件と同一犯による犯行で間違いないな」

 ロイヤルストレートフラッシュが揃ってしまった以上、この連続殺人事件はこれで打ち止めだろう。後は犯人だが――どこに行ったんだ?

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