第28話 月15円を用立てる、だから…

自分の文名などいまだあってなきがごとしである。それとも将来に名を残すとでも云うのだろうか、納得の行かぬことだったが聞いて悪い気はしない。微妙に自尊心をくすぐられながらでも「ではそうおっしゃっていただけるこのわたしに、何某かのお知恵か、あるいはご助力でもいただけるのでしょうか?」と直截的にではなく色々と言葉を遠まわしにして聞いてみた。すると義孝も同じように色々と言葉を遠まわしにしながら一葉の非凡なることを云うのである。はたして活字になったいまだ数少ない自分の著作でも読んでくれた上でわたしを褒めるのか、そうではないのか判然としない。しかしここぞ人生の渡し場とばかり倦むことなくその言を聞いていると、どうやらこの自分の高潔なる様を、高貴なる人品うんぬんのことを云っているのだと気がつくにいたる。はてしかしこれもやはり一葉には合点が行かない。卑しき者とも思わぬが高貴か高潔かと問われれば然りなどとみずからに諾せるわけもない。とは云え義孝はどうもそこに引かれ、女としての魅力を感じているようなのだ。やがて話の成り行き上と云うか、欲が嵩じてと云うか、かかる申し出を義孝は為したのである。「いかがですか、こうしてわたしの嘘のない心情を申し上げ、またあなたの窮乏のことも承りましたので、以後わたしとお付き合いいただけるならば、援助のこと、やぶさかではありませんが」と。「お付き合い?…とは?」顔を赤らめながら聞く一葉に「月15円(今で云えば15万円ほど)。これを毎月御用立てしましょう。

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