第20話 男、戸川秋骨
俺は、快哉を叫びたい。よ、よし、わかった。横浜慰留地出身の娘なんだな?その子は。だったら俺に伝手がないわけでもない。一葉女史に頼まれるなら便宜をはかるが、禿木、君は後日遅からぬ日にもう一度女史宅を訪問して、意向を聞いて来てくれないか。な?禿木」と入れ込むこと甚だしい。
「おいおい、それだったら君が直接一葉さんのもとへ行けばいいじゃないか。俺を用聞きの小僧がわりにするなよ」禿木が云うのに「だから、俺はまだ女史と一面識もない。初対面でもって‘ことの次第は承りました。つきましては’などと云えるか?おっつけ紹介はしてもらおうが、とりあえずいまは縁の下の存在でいたいんだ。表には出ず、人を裏から支える神の姿勢を奉ずる、それがキリスト教徒の面目というものだ。わかってくれよ、な、禿木」と頼み込むのだった。肥後熊本を本籍に持ち夜学などをしながら明治学院卒業までを果たし、しかしそれに飽き足らず帝大へ再入学をはかっている男。日本福音教会に職を得て自活をもしている身だった。この秋骨はじめここにいる四人全員がキリスト教に深く感化されてはいたが、教会にまで勤めるに至ったのは彼のみである。四人が四人とも英語がすでに堪能だったが秋骨のそれは会話ともども自由自在、おのが云うように横浜慰留地に知己があるのなら、あるいは本当にお島の世話をできるやも知れぬ、と禿木は思いたち「よし、心得た。しかし秋骨氏、後日あれは酒に酔ったうえで云ったことなどと云うなよ。だったら君をみそこなうぞ」と念を入れる。
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