第16話 ゆめ忘れなさいますな!

「一葉さん、すみません、ご迷惑をおかけしました。わたし、もうだいじょうぶですから…どうもすみませんでした」と頭をさげる。それへ「お島ちゃん、いいのよ。いやだったらいやと云って…おっかさんと約束したんでしょ?」そう一葉が云うのに「いいえ、これでわたしもう充分です。一葉さんや、こちらのような立派な方々から、その…心配をしていただいて。こんなこと始めてで、わたし…」とお島は涙ぐむ。その不憫さに「まあ、いじらしい」と感じ入り一葉は「よござんす。菊の家の旦那さん、いまはもどしましょうがこの先お島ちゃんが望むなら、わたしはいつでも引き受けますからね。こちら、平田氏(うじ)の申ししこと、ゆめ忘れなさいますな」と云い放つ。さても長吉くだりがなおも云うかと見るほどに「ちょっとあんた」とその袖を引く者がいる。見れば長吉の女房と思しき60がらみの女が入って来て問答無用とばかりこれを表に引いたのだった。「な、なにをすんでえ」と咎めるのに「あんた、こちら帝大の学生で…こちらはもの書きの人…堅気のお宅で凄んでどうすんの!?」などと声をひそめて諌める模様。挙句亭主の代りに入って来て「どうも、あいすみません。うちのお島が往来で騒ぎを起こして。お気を使わせてしまったようで。ほほほ」と一葉に頭を下げ平田と胡蝶に「うちはお上の法度通りに商売をしておりますので、どうかひとつ…」などと取り繕う。さらにあれやこれやと云い繕いながら「ほら、お島ちゃん、帰りましょ」と手を差し伸べて引いて行き顛末となった。

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