第10話 牛は食べる、猫は愛でる
どうやら私は商品としてそれなりに丁重に扱われているようで、手を出されたりとかそんなことはなかった。
そんなことをしようものなら、彼らの腹部に綺麗な穴が開くだけ。その場合は帝国行きをキャンセルするほかないだろう。
本来王都を出るにはそれなりの手順を踏まなければからないが、商人として登録してあれば食料や備品に紛れ込ませるだけで検問を突破できる。
「隣村まで食料を売りに行くんでさ」
「よし、通って良いぞ」
案の定ほぼスルーされた。
あまり良いことではないが、今回ばかりは彼らの手腕をありがたく利用させてもらう。
検問を突破した人攫い一行は、王国が見えなくなるまでの数十分の間、大人しく行商人のふりをしながら馬車を進めた。
攫われた者たちは全て女性で、私含めて五人程度。樽の中に入れられていたが不思議と呼吸は楽だった。恐らく魔法の心得がある者がいるのだろう。
「ここら辺で良いだろう」
ようやく帝国との国境付近まで来たところで、小休止となった。人攫い共は商品の確認をするべく樽を開け、水と一切れのパンを投げ入れた。
奴隷商に売るとしても、これはなかなか手厚い保証だ。死ぬ危険や衰弱する可能性を鑑みている。
私としてはパンより肉が食べたい。まぁ、そんな悠長なことを考えているのは私だけだろうが。
「後どのくらいで解放してもらえるのでしょうか……」
「もう少しで取引先がここへ来る。その後お前たちは帝国に入り、奴隷として売られるんだ」
男は奴隷に解放なんてない、と諭すように答えた。
買い手によっては奴隷身分から解放され、自由の身になる者もいるらしいが、それはごく僅か。ほとんどの奴隷が性的、肉体的な虐待を受けることになる。
王国でも過去には奴隷制度があったらしいのだが、先代の国王が「倫理に反する」として精度を撤廃。奴隷を解放し、優先的に仕事を与えた。王国内の奴隷商からは反発の声があったものの、その者たちを全て国外へ追放し鎮圧した。
隣国の奴隷商は未だにそれを恨んでいる者も多く、今回のように王国から攫ってきては、帝国で売るという蛮行を犯し続けている。
「お前たちは運が良い。今日の取引相手は名の知れた奴隷商だから、変な奴に売られることはないだろうよ」
王国内で起こる行方不明事件は、年間で五百人余り。そのほとんどが奴隷制度のある他国で売り捌かれているという現状。買い手は「そんなことは聞いていない」という魔法の言葉で王国への返還を拒む。
なんとも胸糞悪い話だが、実際に起こっていると分かればそれなりに救える命もあるだろう。帝国旅行が成就した際には、是非この娘たちを救い出して王国に戻らねば。
「お、来たな」
シルクハットの男が引く馬車が止まり、中から煌びやかな服装をした小太りの男が出てきた。
「ようこそオルフレッド殿」
「久方ぶりですな」
このオルフレッドというのが、帝国で一二を争うほどの凄腕奴隷商のようだ。確かに見た目からも「金を持ってますよ」というのが伝わってくる。
「それでコレが今回の品ですか」
「ええ、どれも粒揃いですぜ」
人を物扱いしおって。まったくけしからん奴らよ。
「ほぉ、これはこれは……」
オルフレッドが興味を引いたのは獣人の娘だった。見た感じ猫耳族だろうか。そこまでの希少種ではないが、容姿端麗な者が多く、売買するにはうってつけの商品なのだ。
「ここまでしっかり鍛えられた娘は珍しいですぞ」
「この娘は元傭兵で冒険者をやっていたそうで、戦闘にも重用できるんでさ」
私の経歴なんかも調べているのだろうか。でも、そう考えると私を選ぶ理由が分からない。もっと安全な人間な選びそうなものだが。
まさか――と思った時には遅かった。
猫耳族の少女はどこからか短剣を数本取り出すと、それらを人攫いたちの眉間に直撃させた。オルフレッドは一瞬の出来事に腰を抜かして倒れ込んだ。
「姉さまぁあ」
「コラ、投げるな!」
木の影から別の猫耳族が現れ、少女にローブを投げつけた。そのローブを羽織った背中には王国騎士団の紋章がデカデカと刻まれていた。
彼女は内偵のために元傭兵だと偽り、自身を売ったのだ。人攫いが微塵も疑わなかったのは「金に困っているから」と言って自身を売る者が少なからずいるからだろう。
「オルフレッドよ。貴殿には王国騎士団までご同行願うぞ」
「ひえぇい」
奴隷商は悲鳴なのか返事なのかよく分からない声を出しながら、自身の不幸に落胆していた。
「君たちは大丈夫ですかニャ?」
「は、はい……」
救われたという安堵からか、彼女たちの目には涙が光っている。一方、私は帝国旅行ができなかったことに少々憤りを感じていた。
「お姉さんは何者ですニャ?!」
「え?」
あ、ヤベ、手錠を自分で外したの忘れてた。
どうしよう……凄い警戒されている。
「アナタ、確か冒険者よね?」
「ええまぁ」
「なぜ逃げ出さなかったの?」
「それは……」
言い訳なんてひとつしかない。
「人攫いのアジトで帝国に行ける――じゃなかった、連れて行かれると聞いて首謀者を捕まえようと思ってたのであります!」
いやぁ、無理があったかなあ。冒険者と言ってもほぼ駆け出しなのだし。
「そうだったか」
「なんか怪しいですニャ」
語尾ニャ娘の方に疑われるとは思わなかったけど、これで帝国旅行もキャンセルとなったことだし、王国に帰るしかないのかな。
「危ないっ!」
どこからか飛んできた矢が馬車に入ろうとした奴隷商の胸に突き刺さり、男は息絶え絶えに何かを発した。
「……帝国の皇帝は……王国、の――」
最期まで胸糞が悪い。
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