第6話 叡智の先に

「これでも食って待っとれ」


 老婆は寂れた小屋に私を連れ込むと、雑多な箱を漁り始めた。渡されたりんごは美味しそうだが、御伽話の世界線ならば私はこの後意識を失うのだろう。


 うん、美味しい。


 アレでもない、コレでもないと独り言を吐きながらやっと目当てのものを見つけたようだ。


「これは?」

「ただの鏡じゃ」


 確かにそれは小さな手鏡だった。老婆はそれを私に向けながら何かを察してくれと言わんばかりの視線を向けてくる。

 なんのこっちゃ分からないが。


「次はこれを食え」

「バナナ……?」

「バナナだ」


 こんな調子で三つほど果物を食べさせられたのだが、全くもって意図がわからない。

 とある国ではこのように、鳥の体を押さえつけて無理やり食べさせることがあるとか無いとか。押さえつけられているわけではないが、快くは感じられない。


「そろそろ説明してくれません?」


 初対面でこの扱いは酷い。私は思い切って老婆に投げかけた。


「そうじゃったな」


 案外素直な反応で拍子抜けした。

 老婆はまた箱を漁り、今度は古びた魔導書を見せた。


「これは千年も前に技能スキルと固有技能について書かれた物じゃ」


 この『第一種魔導書』は大賢者スカーレットが書いた歴史的な遺産だ。発見されたのはここ数十年だが、ここまで完全に読み取れる重版は滅多に見ない。

 もし買うとしたらいくらくらいするのだろうか。考えただけで身震いする。


「前半には技能の概要、後半には出現した技能と固有技能一覧が記述されている」


 ページをめくると『技能スキルとは』から始まり、剣術スキルや鍛治スキルといったものの詳細な説明まである。中には見たことも聞いたこともないスキルの数々が列挙され、その一番最後に見覚えのあるスキルがあった。


『爆食スキル』


 歴史的な書物の最後尾に書かれた『爆食スキル』の説明はかなりシンプルだった。


「カロリーをエネルギーに変えて爆発的な力を生み出す……?」


「これだけですか?」

「いや、原本には続きがあるらしいのだが、欠けている部分が多くて解析ができないようなのじゃ」


「この『カロリー』っていうのはなんです?」

「生物が生きるうえで大切なものじゃ」


 実にパッとしない返答だ。それならこのスキルは私にだけあるのは不可解だ。全ての人間、生物にあってもおかしくはない。


「ワシが思うにな――」


 老婆は爆食スキルについての自論を述べ始めた。


 生物にとって大切なカロリーを爆発的な力に変えるのが『爆食スキル』であり、その力は食物から効率的に摂取され、その摂取されたカロリーの量に応じてスキル保持者から放出されるパワーが変わる。


「このことからスキル保持者は、身体の変化が激しいと結論づけられる。ワシが最初に鏡を見せたのはそういうわけじゃ」


「確かに思い当たる節はあります」

「やはりかっ!」

  

 最初にドラゴンが襲来した時、私はドラゴンに殺されかけた。いや、殺されたはずだった。あの瞬間にスキルが覚醒したのだとすれば説明がつく。


 もっと早くこの力を知っていれば、仲間たちを、あの場にいた全ての人を救えたかもしれないのに。

 私は歯痒さと後悔に苛まれた。


「とにかくその力を発揮したければ、コントロールする必要があるな」

「他に同じスキルを持つ人は居るのでしょうか」


「いいや、おらんじゃろ。非物理的なスキルは想像力が全てじゃ。精神統一して心を磨くと良い」

「心を磨く……」


「しばらく滞在するのなら、この家を使うと良い」


 最早断る理由も無い。私はこのスキルの事をもっと知って、強く生きるんだ!


「是非、お世話になります」

「ふむ。ワシの名前はグウィネス・シャドウベイルじゃ」


 

 それから数日、我々冒険者一行は徴兵依頼が完了となるまで魔物の動向調査とその都度の討伐を行なった。

 私も参加しながらスキルの実践的訓練をし、終わった後はベイル婆さんの小屋で書物を読み漁り、知見を深めていった。


「王都から正式に援軍が来ることになった」

「それは良かった」

「これも皆さんのおかげです。ありがとうございます」


「あの娘のおかげさ。凡庸に見えるが彼女の才能は計り知れない」

「ええ、そうですね」


 翌日、王都からの援軍が到着。どうやら魔物が発生した各地に交代で小隊を駐留させるらしい。


 最初からこうすれば良かったのに。とは思ったが、口に出すのは辞めておいた。何故なら援軍の中に彼が居たから。


「こんな所で会うとはね。なんか痩せた?」

「セクハラですよ」


 大会で私に大口を叩いた挙句負け、脚がすくんだ私を担いで運んだあの騎士だ。あの時から私の見た目は随分変わっているが、よく気が付いたものだ。


「どうして帝国騎士の貴方が居るのです?」

「王国は我が帝国と共闘を結んだのさ。私が来たからにはこの村の護りは万全と言っていい」


 ビッグマウスは健在のようだ。

 王国と帝国は昔から交流があるが、わざわざ隣国のために騎士まで貸してくれるとは皇帝も捨てたものじゃないな。


「君たちは帰還するのだろう? 冒険者の仕事は山積みだと聞く。しばらくは忙しいだろうが、共に頑張ろう」

「はいはいーっと」

「なんだ、その適当な返事は?! これだから……」


 なにやら言っているが無視する。アイツは命の恩人だが、どうも好きになれない。


 顔か、キャラか。

 いずれにせよ私とアイツは合わないと思う。


「あ、名前を聞いても?」


「オホン……私は帝国第一騎士団副団長、ガウェイン・プロヴィスである!」

「声が大きい」

「んだとぉおお?!」


 ってか、副団長だったのかコイツ。


 

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