超絶美少女の私、厄介ファン相手に無双する。 ~目当ては私じゃなくてアクセサリーって本当ですか!?~ 【道の続き、空の果て】

白銀スーニャ

第1話

 人通りの少ない裏通りを女が一人、何かから逃走するように走っていく。

 夕闇のような紫色の髪に、月を思わせるような黄金色の瞳、抜群のプロポーションを有する彼女が甘い言葉をささやけば堕ちないものはいないだろう。だが、歪んだ劣情を愛や恋やと勘違いして追いかけられている、という風にはとてもじゃないが見受けられなかった。

「この手の厄介事を引き寄せるアイテムなんだったら先に言っておいて欲しかった!」

 愚痴を叫びながら裏通りの直線を逃げ回る私、胸元にはちょうど今朝母親から手渡されたペンダント。

 大事なものだから肌身離さず持ってるようにとは言われたけれど、一言注意ぐらいあってもいいんじゃないでしょうか、お母さん?あなたのせいで私は今とってもピンチです。

 こんな危険が危ない状況に放り込まれたのはつい先程、いつものように友人との下校中、妙な視線と嫌な雰囲気を感じて一足先に友人達と別れて走り出したらあら不思議、どう見てもカタギではない男達に追われている最中である。

「待てー!」だの「そいつを寄越せー!」だの「逃げるなー!」だの「あばずれー!」だの騒々しい声が背後から聞こえる。

 ……いや、いくらなんでもあばずれは酷いんじゃない?八方美人的な振る舞いをしている自覚がないとはいえないけどさ。

 幸い陸上部なので逃げ足には自信がある。数人ぐらい振り切って自宅まで逃げ切ることは出来るだろうと思って走り始めたのだけれど、これが大きな間違いだった。せいぜい長距離走程度かなって思ったら向こうはリレーだったり駅伝だったりしてるわけ、何人振り切っても増援を呼ばれて追いかけてくる。たかが小娘一人捕まえるのに数十人単位で動員してるとか思わないじゃん!

 逃げれども逃げれども我が呼吸楽にならざり……違う!ポエミーになってる場合じゃない!

 比較的走りやすい裏通りの直線から、さらに普段は見向きもしないような路地裏へ。見慣れない道、障害物の乱雑する通路。自分でもはっきりと分かる、これは勝算の薄い賭けだって。

 結局、次から次へと増員される追跡者達に私は追い詰められてしまった。

 見事なまでの袋小路、前面には通路を埋め尽くすような追跡者達、三方にそびえ立つビルの壁はとてもじゃないけど乗り越えられそうにない。

 詰みを自覚した私は両手を挙げて降参の意思を示す。

「降参。出来れば穏便に済まして欲しいのだけれど、要求は何?」

 状況から察するに十中八九、私が首から提げているペンダントが目的だとは思うが、何も分からないフリをして問いかける。今朝母親から手渡されたそれはダイヤモンドとまではいかないものの、プラチナのような飾りがついていてそれなりに値が張りそうではある。だけれどもそういう目的ではないだろう。金銭目的ならジュエリーショップとか腕時計販売店とか古物商でも狙った方がリターンは大きそうだ。

「とぼけないで頂きたい。あなたの胸元にあるであろう、我が神からもたらされた神秘の石。それを、こちらに渡して、欲しいだけなのだ」

 黒いスーツと黒いサングラスをした男の妙に粘り気を感じる発言に嫌悪感を禁じ得ない。この男が集団の代表者という認識で良いのだろうか?それとも他の連中が私を追いかけて走ってきたのもあり息が上がっているので、たまたまこいつが交渉役に立っただけなのだろうか?

「石?心当たりはないけど……ひょっとしてこれのこと?」

 学生服の下に手を突っ込み、胸元からペンダントを取り出して見せつける。

「そう!それだ!さあ、早くそれをこちらに渡すのだ!我らが神もそれを望んでおられる!協力してくれれば貴女の身の安全は保証すると誓おう」

 男は興奮気味にまくし立てた。狙いはやはりこのペンダントらしい、一体何の秘密があるのか知らないが渡すつもりなんかさらさらないのだけれど。

「お断りします。無神論者って訳でもないけど、神様に頭を下げるのは年に一度で間に合ってるの。お引き取り願えますか?」

 そう言って私は見せつけていたペンダントを今度は見せつけるようにして胸の谷間へとしまい込んだ。ほのかに感じる冷感がちょっと気持ち悪いけれど相手を煽る目的ならばこちらの方が都合が良い。

「貴様、我らが神を愚弄しおって……後悔しても遅いぞ」

「いたいけな少女を多人数で追いかけ回すような連中の信仰する神様なんてろくなものじゃないと思うのだけれど?」

 火に油を注ぐようにさらに煽る。相手が何かを信仰しているならばそれを愚弄するのが手っ取り早い。まっとうな手段ではないと分かっているけれど、どのみち相手だってまともな連中ではないのだろう。使える手段はなんだって使う、神様なんてくそ食らえだ。

「貴様……こちらが下手に出てるからと調子に乗りおって、多少ならかまわん、痛い目を見せてやれば改心するだろう」

 本当に私は神様が嫌いだ。幸せの一側面を堕落などとのたまう神様ってやつが大嫌いだ。反吐が出そうなくらい。そういう意味で言えば私はこの生まれ育った日本が好きだ。愛している。余計なことを言うと私の四分の一くらいは日本人ではないのだけれど、その辺は大目に見てくれるでしょ?国籍は問題なく取得しているし。

「へぇ?あんたの神様は暴力による改宗を推奨してるんだ?」

 やはり信仰するなら悪魔だろうか?残念ながら悪魔に知り合いはいないんだけどさ。

「売女め!我らが神に楯突いたことを後悔すると良い!」

 くだらないことを考えてると集団のうち一人が襲いかかってきた。大柄な男だ。上から覆い被さるように両手を突き出してくる。普通の女の子なら恐怖で震え上がって終わりだっただろう。だけど残念、私はちょっとお茶目な女の子なの。

 左斜め前方に滑るように移動して相手の手を躱す、それと同時に左手で相手の右手首をつかんで引き寄せる。右足を相手の足に引っ掛けて体勢を崩すのも忘れない。相手が前方に倒れ込むのを確認したら、右足を相手の後ろに移動して強く踏み込む。右手を開いて人差し指の付け根を相手の首、喉仏を下から掬うように当てる。右手の打撃と大外刈りの要領で相手の後ろに回した足で体勢を崩したら相手の首を押さえて後頭部から地面に叩き付ける。

 相手の集団と一旦距離をとるために後方へ跳躍、出来る限りの可憐な仕草と言葉も添えて。

「まだ未使用品が残ってますの。売女というのは修正してくださらない?」

 そこまで言い切ったところで私は距離をとったことが間違いだったと思い知ることになる。何故なら、無数の銃口がこちらを向いていたから。

 さすがに日本国内でそういう展開になるのはちょっと予想してないのよね。そういう場所に顔を突っ込んだのならともかくとして、日常的にそんな物騒な事態に巻き込まれるような生活は送っていない。

 再び両手を顔の横に挙げた時点で、私の意識は途切れた。

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