乾坤一擲

「全軍突撃、かかれ、かかれ、かかれえええええええええええええい!!」

 朱儁将軍はここぞとばかりに攻撃命令を下した。


 孫堅がぶち抜いた敵の部隊を関羽が追撃した。反撃は程立の見事な采配で見事に撃退し、それによって士気が崩壊したことで裏崩れを起こす。


「文台、行くぞ」

「承知」

 俺の横で副将気取りで控えている孫堅に声をかけると、兵が周囲を固めるように陣を組む。


「玄徳殿に死なれてはここで立てた手柄が水の泡ですからな」

「んなこたーねえよ。お前さんの働きを皆が見た。江東の虎の爪牙の鋭さもな」

「ふふ、恐縮にござる」

「はっ、似合わない世辞はいいさ。行くぞ、稼ぎ時だ」


 崩れ立ち、もはや軍の体を保っていない黄巾軍を追撃し、長社は官軍の草刈り場と化した。


「黄蓋、程普、行けい!」

「御意」

「承知」


 孫堅と同年代の将が一手を率いて前進する。


「益徳、劉玄徳の武威を汝が武勇にて示すのだ!」

「かしこまった!」


 芝居がかった口調でのやり取りだが、なんつーか場と言うものがある。ここで侠者の口調では格好がつかないと言うものだ。


 命を捨てて食い止めようとする者もいたがそれらはすべて戦場に散って行った。


「兄者、あのあたりにいるぜ」

「ですな。益徳殿も素晴らしく鼻が利く様子」

「おうよ。あの一点の兵だけが士気を保ってるからな。ってことは命がけで守るべき者が居るってわけだ」

「それすなわち、黄巾の首魁の最後の一人」

「だな」


 孫堅の軍は恐ろしい勢いで敵陣を斬り裂き、本陣と思われる部隊に向けて突き進む。前に立ちはだかる者は一人の例外もなく倒されていた。徐々に前に立とうという兵もいなくなってくる。


「ちっ、前だけに注意を取られ過ぎたか」

「なんの、そうはさせませぬよ」

 いつの間にか俺の隣を走っていた曹操が剣を振って部下に合図を送る。

 休息を取り、息を吹き返した騎兵がこちらに側面を突こうとしていた敵兵をなぎ倒す。


「おう、お初にお目にかかる。江東の孫文台と申す」

「おう、我は騎都尉の曹孟徳と申す」

「ほほう、鬼の北部尉は貴殿のことか」

「なに、江東の虎にはかないませぬよ」

「「はっはっはっは」」


 何やら意気投合してやがる。というかこいつらが手を組んだらとても太刀打ちできる気がしねえな。


「では玄徳殿、令をお願い申す」

「は? なんで身分が一番下っ端の俺が命令しなきゃいかんのだ??」

「そも、貴殿は皇族でありましょう?」

「うむ、此度の手柄で陛下もことさらお喜びと都の父から手紙が来ており申す」


「おめえら、何を企んでんだ……?」

「気前の良い雇い主を探しており申す」

「乱世の奸雄はいささか外聞が……知性の能臣として我を使いこなせそうな英傑を探しており申した」

 おかしいな、曹操は外聞なんぞ必要より気にしたことがないはずだ。孫堅が銭ゲバなのはうわさに聞いちゃいたが……。


「ほう、お二方は目が高いですな」

「おお、貴公は兗州の智者として名高い程仲徳殿ですな」

 曹操が目を輝かせて程立のオッサンに食いつく。


「うむ、此度劉玄徳様と主従の契りを結んでな」

「ほほう。それはめでたきことにございますな」

「孟徳殿、こちらの御仁を紹介してくれぬか?」

「うむ、こちらは程仲徳殿と言ってな、武略に明るく、勇猛果断と評判が高いのだ」

「おう、先の戦いで関雲長殿と組んで縦横の働きを見たぞ」

「うむ、あの攻勢がなくば我も危かった」


 うん、こいつらここが戦場だって忘れてやしないかねえ。

 関羽の指揮は的確で、敵兵を次々と討ち破って行く。


「そこな敵将、勝負せよぐがっ!」


 関羽に挑みかかろうとした敵将が一刀のもとに斬られる。


「燕人張益徳じゃあ、命のいらぬ者からかかってきな!」

「常山の趙子龍、参る!」

「我が名は黄公覆なり!」

「夏侯妙才が参った!」


 それぞれが歴史に名を残しそうな名将、猛将、驍将が馬を並べて戦う姿はいっそ現実味がなかった。


「ふむ、我らも行こうぞ」

「ふ、江東の虎と轡を並べて戦うは武人の誉れよ」

「鬼の騎都尉の前に立ちふさがる命知らずはおるのかの?」


「ああもう、どうなってやがんだ」

 俺のボヤキは戦場の喧騒の中に溶けて消え、いつの間にかかなり敵中に斬り込んだ状態である。


「おう、あれぞ黄巾の旌旗よ。奪って手柄とせい!」

 孫堅が目ざとく黄色く染め上げられた旌旗を見つける。

「「「おおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」

 孫堅の激に奴の兵がぶわっとばらける。あるものは二人組で、またある者は四人で簡易な陣形を組む。そうして腕に覚えのあるものは単騎で敵に斬り込んで行った。ってあの単騎は孫堅自身じゃねえか。

 ばらけた兵はそれぞれの判断と周囲との連携で敵軍に食らいつく。


「元譲、行けい!」

「おう!」

 夏侯惇が槍を手に突撃する。


「皆の者、ここが山場だ。いざ、乾坤一擲!」

 もうやけくそで全軍突撃を命じた。どうせここから伏兵を隠せるような地形は無い。平べったい原っぱがかなり先まで広がっている。

 

 関羽の檄が飛び、程立の指示に従って諸将が動き出す。なお、なぜか程立が出した指示に曹操と孫堅までが従っていた。


「かかれ、かかれ!」

 

 そうして逃げようとしていた敵本陣に肉薄する。ここで流星のごとく、敵中に突撃していく兵があった。


「続けええええええい!!」

 剣の腕は人並みと言っていたはずの曹操が最前線に立って敵兵と渡り合っている。


「やべえ、益徳、曹操の援護だ!」

「おうよ。しかし無茶しやがるぜ。まあ嫌いじゃねえけどな」


 曹家に伝わる宝剣は黄巾兵の持つなまくらを一振りで斬り落とす。

 曹操自身に目が行っている状態で敵の足が止まった。その瞬間を逃さずに孫堅の騎兵が敵陣に突入する。


 激しく武器を打ち合わせる音が聞こえ、雄たけびが反響した。

 白人は火花をちらし、戦い続けている両者は汗にまみれている。

 戦いは長くは続かなかった。曹操の振るう宝剣が敵将の持っていた剣をすぱっ斬り裂いたのだ。


「曹孟徳が敵将張梁を討ち取った!」


 この一言で趨勢は完全に決まった。すなわちわが軍の勝利である。

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