軍議は踊る
「孟徳、策を述べよ」
軍議の席では諸侯らが互いに先陣を押し付け合っていた。らちが開かないと最も空気を読まない男に丸投げした格好だ。
「左様ですな。ここは武勇の誉れ高き劉玄徳殿に更なる武威を示していただくのはいかがか」
「なるほど!」
「さすが知恵者の孟徳殿じゃ」
「うむ、玄徳殿ならばまさか賊ごときに遅れは取るまい」
実にいい笑顔を浮かべて俺に先陣を押し付けようとする。なんなら相討ちにでもなってくれとか思っているのだろう。
ひとり苦虫を噛み潰したような顔をしている鮑信殿は、曹操をジトっとした目で見ている。
「ふむ、さればこの戦いで勝利を得れば玄徳殿の功績は比類なきものとなるな。主上に奏上し、相応の領地を賜ることとなろう」
「いや全くその通りですな。皇族として迎え入れられることはほぼ確実でありますし、王の位もありうるかもしれませぬ。何しろ帝は黄巾の反乱に大いに心を痛めておいででしたからな」
「うむ、河北で、兗州で、そして豫州の乱を鎮めた英雄ともなればのう」
朱儁将軍と曹操のやり取りに諸侯どもの顔色がどんどん悪くなる。無論参陣したことへの功績はあるだろうが、戦闘で立てる功績とは比べ物にならない。
なんなら戦場で臆病風に吹かれたなどと評価を受ければメンツが立たないなんてものじゃない。
「朱儁将軍、我らにも働きの場を下され」
「さよう。属尽の身である玄徳殿だけを働かせるのは我らの漢室に対する忠義を疑われよう」
「うむ、まことその通り」
劉岱を筆頭に調子のいいことを並べ立てている。陶謙殿はどっちつかずで、先日の会見で俺にすり寄ってきたのだが、どちらが本性であろうか。
「されば劉岱殿を先陣に、副将として陶謙殿を任ずる。賊に人当てしていただきたい。孟徳の騎兵を後ろ巻きに配置するゆえ安心されよ」
「はっ!」
勇ましく応じたつもりだが、まさか進言が通るとは思っていなかったのだろうか、何やら震えている。
「洛陽より袁本初率いる一軍が派遣されるとの情報が入った。いざとなれば援軍を待って一気に決着をつけることもできよう」
「それがいいですな!」
「だが援軍が来るまで一度も戦っていないとなればそれも違うという話であろう。まずは一戦だ」
「はっ!」
「ひと当てして敵を崩すことができれば初戦としては上出来でしょう」
攻撃に賛成する曹操の一言に劉岱などはかなり恨みのこもった目つきを見せている。まあ、言いにくいことを言ってくれたので感謝のつもりで目礼をすると、奴は満面の笑みを浮かべてきやがった。
「玄徳殿、こちらへ」
諸侯らは兵をまとめるため自分の軍へと戻っていった。そして俺も自分の陣に戻ろうとしたところで曹操に呼び止められる。
「ん? どうしました?」
「ええ、ここからが本当の軍議でしてな」
要するに使えない連中をまとめて捨て駒に仕立てたわけだ。思わず天を仰ぎ、彼らの武運を祈っておいた。
「うむ、奴らは口先だけは達者でな。孟徳と一芝居打ったということだ。気を悪くされるな」
「いえ、なんとなく察してはおりました。して、真なる策とは?」
「うむ、実は陽籊まで皇甫嵩軍が進出しておる。我らが敵を食い止めている間に、彼らが側面を突くか、さもなくば許を落とすかだ。おそらくかき集められるだけの人数をこちらに振り向けておるゆえ、本拠は空と思われる」
「なるほど」
「うむ、ここからだ。孟徳」
「はっ、奴らは宛が落ちたことはすでに知っております。故に宛方面から援軍が来ると間者を使って教えてやります」
「ふむ」
「となれば、陽藋にも警戒のため戦力を振り向ける必要が出てきましょう。戦力を分断したのちに一機に突き崩す」
「……偽兵を使われるか」
「さすが、察しが良くて助かり申す」
「なに、兵の虚実は孟徳殿の得意とするところであろう?」
「ふむ、玄徳殿にそのように言われるほど多く戦場に立ってはおりませぬが……」
探るような目をして此方を見てくる。しまった、曹操の初陣は黄巾の乱だった。
「なに、先日の戦いからそう思うたまでのこと」
「左様ですか。いやあ、玄徳殿は古強者のような眼力をお持ちですな」
しらじらしいやり取りに朱儁将軍も何やら胡乱な目で曹操を見ている。
「まあ、良い。吾輩の兵が中核を担い敵を引き付ける。そして玄徳殿は東へ進み……」
「別動隊となって敵の背後を衝いていただく」
「なるほど」
ある意味これも厄介払いであろう。うちの兵は前軍の二割にも満たない。諸侯軍も似たような数であるがこれは頭数としては考えていないだろう。それこそ相討ちで元々くらいの考えだ。
東に向かった別動隊の情報を流し敵の兵力を分散させ、中軍が一点集中で敵の中核を撃破する。これが作戦の全容とおもわれる。
すでに手柄は立てた。ここで無理して手柄を立て朱儁将軍の恨みを買うことは無かろう。
「承知した。別動隊の任、引き受けさせていただく」
「おお、玄徳殿の兵がこの戦いの趨勢を決めるのだ。よろしくお願いいたす」
「お任せあれ」
そう言い残して陣幕を出る。なんとも目まぐるしいものだ。あっちもこっちも思惑が渦巻いていやがる。
敵を破るには一枚岩でなくてはならないと教わっていたんだがなあ。自分だけ得をしようってやつが多すぎるから、そりゃあまとまりなんぞないわ。
「兄者、いかなる策で?」
「ああ、まず劉岱殿が突っ込む」
「ふむ、彼らも手柄がいるでしょうからな」
「俺らは東だ、別動隊になる」
「ふむ。であるなら西に援軍がいるということですかな?」
「ああ、宛を落とした軍がかなり近くまで来ているようだ」
「なるほど。厄介払いですな」
「ああ、義勇軍に助けられたとあって朱儁将軍のメンツは地に落ちてるからな。ここで賊の本隊を撃破することで手柄を確定したいんだろ」
「ふむ、その思惑に乗ってやろうというわけですか」
「十分手柄は立てたろ」
「ですな」
関羽の苦笑いと共に俺は兵を東に進めた。しばらく進むと背後から戦いの声が聞こえてくる。
敵は正面に戦力を集中し切れず東西に戦力を分散させている。
「お、いったな」
曹操率いる朱の軍装をまとった一隊が敵の中央になだれ込んだ。騎兵の小隊をいくつも作り、それらを交互に突撃させている。
一撃は軽いが間断なく繰り返される突撃に敵の部隊が四分五裂の有様になっていた。
しかしそれでも大軍の厚みを抜けない。騎兵の突撃って言うものは長く続けられない。全力で走り続けることは生き物では不可能だ。
故にいつしか勢いは弱まり、足を止めた騎兵は弓兵の格好の的となる。
「兄者、いかがなさいます? 今引き返せばあるいは」
「いや、こっちに向けられてる敵の押さえがなかなかに手ごわい。ありゃあ抜くのに一苦労あるだろうぜ」
「ふむ、こちら側には援軍はないのでしたなあ」
それでも本隊の苦戦を見過ごせず、兵を進める。
「っち、何やる気出してんだよ」
ここを抜かれてはならぬと死守の構えで陣を敷く敵兵にうんざりした。
「ふむ、では我らの出番ですかな?」
何やら聞いたことのある声が聞こえて横を見ると、江東の虎が獰猛な笑みを浮かべて俺を見ていた。
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