第7話 魔力暴走

 突然、轟音が鳴り響いた。



 音の発生源が耳の直ぐ傍にあるのかと、錯覚してしまう程の轟音だった。



 思わず落としてしまった食器を気にも留めず、ファイの脚は自然と前に踏み出していた。眼を動かし、彼女はようやく気付く。



 キャビーがリビングに居なかった。



 内臓が浮き上がった。



「う、嘘でしょ!?」



 ファイは、音の方向──寝室に向かい、我が子の名を呼びながら扉を開ける。



「キャビーちゃん!?」



 眼に飛び込んだのは、荒れ果てた寝室だった。壁には大人が通れる程度の大きな穴が空いており、外気が流れ込んでいる。



 冷え上がるような寒気を感じたのは、反対側の壁に眼を落とした時だった。



「──キャビー!?」



 悲鳴に似た声で我が子を呼ぶ。キャビーは、壁にぐったりと倒れていた。意識は無く、顔色も悪い。



 触れると、冷たかった。



「キャビー……キャビーちゃん!? キャビーちゃんっ!!」



 何度呼んでも意識は蘇らない。右手が在らぬ方向に曲がり、口元には血が滲んでいる。



「そ、そんな……っ。だ、誰か。誰かお願い──っ!!」



 キャビーを抱きかかえ、空いた穴から外へ出る。



 轟音に気付いた村民が、幾人も様子を伺い出ていた。その中には、トッドも居たが──



「誰か助けて……っ!」



 彼らは動けなかった。



 ファイの眼には涙が浮かぶ。自分の無力さをこれ程までに嘆いたことはない。



「ねぇ誰か……っ! 息子が、ウチの息子がぁ……」



 村民に懇願するも、やはり脚を踏み出す者は居ない。



 彼らは医者ではない。加えて、習得困難な光魔法による治癒が使えない。他に何をどうすればいいかなんて、ただの村民に分かる筈も無かった。



 そうしている間にも、キャビーの身体は白くなっていく。成す術が無く、ファイは地面にへたり込んでしまう。みっともなく駄々っ子のように泣き叫ぶ。



 すると──



「何の騒ぎかと思えば、お前かにゃ」



 自宅の屋根の上、満月に黒いシルエットが浮かんでいる。大きな耳の片側は円形に欠けてしまっている。奴隷では無くなったことにより、札を取り払った──<穴持ち>だった。



「みゃーさんっ!?」



「察するに、満を持して登場ってとこかにゃ?」



「た、助けて、下さい……っ」



 顔を地面に擦り付ける勢いで、ファイは懇願する。



「……はぁ仕方ないにゃ」



 キャビーが生まれる数ヶ月前──



 お腹を大きくした彼女は、兵舎で健診を受けていた。



「どうして人族の身体をみゃーが見るのにゃ。医者くらい雇うにゃ」



「いつも有難う御座います。でも、お医者様は月に一度いらっしゃってますよ?」



「あれは薬を持って来るだけにゃ。全く、どいつもこいつもみゃーの光魔法に頼り過ぎにゃ」



 <光魔法が司る「治癒」>は習得難易度の高さが起因して、使用者が極端に少ない。カタリナ村で治癒魔法の行使が可能な者は、兵士の中に僅か2人しか居らず、その誰よりも彼女は優秀だった。



「私も光魔法に適正があるのですが……からっきしで」



「雑魚雑魚にゃ」



「あ、そうだ。みゃーさんのお名前、私まだ聞いてないです」



 獣人は喉を鳴らして、ファイを見る。値踏みするような眼付きに、ファイはおずおずと言う。



「駄目……でしょうか」



「別に駄目じゃないにゃ。でも……」



「駄目じゃかいなら、教えて下さい!」



「うーん。みゃーの名前は……」



「名前は?」



「みゃーの名前は、ミャーファイナルにゃ」



「ミャーファイナルさんですね! あ、でも長いですね。やっぱり、みゃーさんって呼ぼうかな。あはは」



 ミャーファイナルは、眼をパチクリとさせ、唖然とする。



 そして、ファイに対して語気を荒げるのだった。



「お、お前っ!? 本当に人間かにゃ……!?」



「へぇっ!? わ、私ですか……!?」



 ファイはよく分からず、挙動不審となって焦燥に駆られる。



「わ、私は人間です。人間ですよぉ〜……あ、あはは」



 しかし、ミャーファイナルは納得が出来ず、ジト目になってファイを見る。




「お前変にゃ」



「よ、良く言われますけど、今回はどうしてぇ……!?」



「みゃーの名前を笑わなかったにゃ。おかしいにゃ」



「わ、笑う? いや、確かに長いお名前ですけど。笑う程では……」



「やっぱり変にゃ。お前、変にゃ!!」



 ミャーファイナルは指を差してファイを否定する。



「ええ!? そ、そんなぁ」



 肩を落としたファイはガックリと上目遣いになる。



「うぅ。みゃーさんは自分の名前がお嫌いなのですね……」



「は? 何を言ってるにゃ、嫌いな訳ないのにゃ。自分の名前を嫌う奴なんて、そうそう居ないにゃ」



「そ、そうなのですか……? 私はあんまり……自分の名前には思い入れが無くて。あはは」



「その歳まで生きて愛着が沸いてないなんて、やっぱりお前変にゃ。人間じゃないにゃ」



「うぅ……」



「親から貰う初めてのプレゼントにゃ。大切な名前にゃ。誰が何て言おうとも、嫌いになんてなれないにゃ」



「は、初めてのプレゼント……ですか?」



「そうにゃ」



「……そ、そう。そういう、ものなんだ」



 ファイは大きくなったお腹を触る。後少しで生まれる我が子を、慈しむように見つめている。



「この子は……喜んでくれるかな。喜んでくれるといいな」



──貴方はどう思う? シキマ。



 ミャーファイナルは、キャビーの容態を確認すると、腰袋から宝石に似たある欠片を取り出していた。



「そ、それは……?」



「コアを加工したものにゃ。破壊した際に出る強大なエネルギーを利用して、一度切りの強力な魔法を発動するのにゃ。命を燃やすってやつにゃ」



 数センチ程度の不揃いな白いコアの欠片をひとつ選び、握り潰す。閃光が拳から放たれる。



 同時に霧散した白い靄は、魔力によって1ヶ所に集め直され、キャビーの胸に押し当てられた。



 次第にキャビーに淡い光が宿っていく。冷え切った身体に体温が戻り、顔色も僅かばかり良くなったように思える。



 短時間の作業だった。しかし、ミャーファイナルの額には汗が滲み出し、息を上げている。



「取り敢えず、命はあるにゃ」



 それを聞いたファイは、身体から力が抜けた。



「あ、有難う御座います……本当に有難う。みゃーさん」



「ふん……ファイだからやったのにゃ。人間のガキを助けるなんて、もうごめんにゃ」



「うぅ、みゃーさぁん……」



「後は大人しくしてるにゃ。さ、みゃーはオスと盛り直しにゃ」



 折れ曲がった手首を力付くで戻し、ミャーファイナルは夜の闇に消えて行くのであった。





『作者メモ』


 ミャーファイナルは勿論悪ふざけで作った名前です。獣人が全員こんな名前ではありません。


 良ければ、アドバイス下さい。

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