第1話 転生後── 4月8日改稿

 ──私、頑張るからね。貴方の分まで、きっと幸せになるからね。だから、いつかはシキマも……。




 人間の国<アルトラル王国>の南西──<カタリナ村>で、ギィーラは新たに人間としての生を授かった。



「この子はキャビー。キャビネット・クライン」



 キャビネットと名付けられた彼は、朦朧とする自分の意識に気付く。



 瞼を開いた──



 色鮮やかな景色。

 心地良い日差し。



 そして、覗き込む女の顔。



 それに角や鱗などはなく、雪のように白い肌をしている。白銀の髪が川面のように揺れて、彼の頬を擽った。



「私はファイ。ファイ・クライン。貴方のお母さんよ」



 彼女の青い瞳に映るは、同じく白銀の髪をした赤ん坊だった。紛れもなくそれは、人間の様相をしている。



 本当に人間に生まれ変わったのだと、彼は改めて実感する。



 転生の成功は、本来彼にとって喜ばしいことだ。しかしその実、不快感なる感情も心に芽生えていた。



 これで名実共に、魔族ではなくなったのだ。



 それは誇り高い彼にとって、この上ない屈辱でしかない。



 最後まで魔族として戦いたかった。



 それが彼の本当の願いでもあった。



「それ以外に価値は無い」

「その為だけに存在が許されている」



 父と母からの言葉が、妙に胸を燻っている。



 彩られていく感情の訪れが、初めて実感する魔族とのギャップだった。




 そんな折、不意に何かが触れた。母親の人差し指だった。彼はそれを握り返してみる。



 人間の彼女は、何故か笑顔を向けていた。



「ああ、本当に凄く小さいのね……人間の赤ちゃんって。なんて可愛いのかしら、えへへ」



 ブツブツと独り言を呟き始める。



 小さい、可愛い。



 これらは魔族にとって、主に侮辱的な言葉だ。とても不愉快だった。



 ──今直ぐにでも殺してやりたい。



 そんな殺意を眼光に乗せて、睨み付けてみる。



「はぁい、お母さんですよぉ〜」



 しかし、まるで通じていなかった。



 彼女は女神のような笑みを向けてくる。

 やはり人間は敵なのだと、改めてキャビーは認識する。



 すると突然、バンッと大きな音がして扉が開かれた。



 キャビーは驚いて眼を見開く。自分の意思とは無関係に、泣き出してしまった。



「ファイさん!!」



 入ってきたのは、人間の男だった。 



「トッドさん? 御免なさい、おもてなしが出来ないのだけど……」



「あ、いや──ううん。それは大丈夫だけど」


 

 声を上げて泣いてしまった赤子の様子に、トッドは萎縮してしまう。



「ご、ごめんよ。僕のせいで泣いちゃったかな」



 ええ、とファイは口に手を当てて笑う。



 彼は苦い顔で返した。



 ファイは腕の中の我が子を揺籠のように揺らしみて、静かに思いを伝える。



「大丈夫。大丈夫」



 キャビーの声を聴いたのは、これが初めてのことだった。ファイはこの上ない喜びを感じている。



「ほーら、もう怖くないよぉ〜。ふふふ」



 ファイの顔が近付いてくる。


 

 彼女の理解不能な行動に、キャビーの涙が引っ込んだ。



「わぁ、良かったぁ。泣き止んだね」



 ニコリと微笑む。そんな彼女の顔に、キャビーは唾を吐き掛けた。



 人間の顔があまりに近く、苛立ちを覚えたのだ。



「キャビーちゃん、くしゃみっ!? あ、鼻水……直ぐに、拭いてあげるからね」



 「トッドさん!!」と、ファイは目配せをする。トッドは直ぐにタオルを持ってくると、キャビーの顔を不慣れな手つきで拭いた。



 取り敢えず何も伝わっていない、ということをキャビーは理解する。



 ──とても厄介極まりない人間だ。



「トッドさん、有難う」



 ファイの肌に日差しが被り、笑顔が輝いてみえる。トッドは頬を赤くして、頭を掻いた。



「と、ところで誰が出産の立ち合いを?」



 トッドは尋ね、改めてキャビーを覗き込む。凍てついた白銀の髪に、真珠のような青い瞳──第一印象は「とても母親に似ている」だった。



 それはあまりに当然のことだが、少し違和感を覚えた。



 彼女の父親の面影を探していると、ファイが先の問いに答える。



「立ち合いは、リトとみゃーさんが来てくれたよ」



「……そ、そうか。羨ましいね」



「羨ましいの?」



 思わず口が滑ったことに気付き、トッドは慌てて訂正する。そんな姿が面白かったのか、ファイはクスクスと笑うのだ。



「トッドさん、どぉ? キャビーちゃんよ。可愛いでしょ」



「うん。とっても可愛いね」



「えへへ、有難う」



 ファイは体力が低下した身体を労わるように、ゆっくりと呼吸をする。



 お腹が膨れて、萎んで、それはまるで波に揺られているようで、キャビーにとっては心地良い瞬間だった。



 いつの間にか眼を閉じ、キャビーは眠ってしまった。



 ファイとトッドは、互いに眼を合わせ、唇に人差し指を立てるのだった。



「生まれて来てくれて、有難う。キャビーちゃん」



 ファイは眼を落として、我が子を見る。



 夢にまで見た自分の子供。儚い命が今、腕の中にある。それは紛れもなく真実であるが、一方で非現実の最中に彼女の精神はあった。



 孕んだ時から母親としての自覚は持っていたが──いざ母親になってみると、現実味が無かった。



 これから母親としてやっていけるだろうか。希望と不安、その両方が彼女の心を燻っている。



 ──いつか会わせてあげたいから。



 ──ね、シキマ。



『作者メモ』


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 数字についてなのですが、基本的に英数字を使う予定です。見やすさ重視で変えていきます。


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