人間の母に溺愛される魔族の王子(転生済)は人類を滅ぼしたい
真昼
プロローグ 3月11日改稿
人族と魔族との戦争は2000年以上に及ぶと言われている。
魔族領──最果ての北<エンデルクローク>に、人類史上初めての魔族の国があった。
王を務める魔王ジィゼは、人族との戦争に終止符を打つべく、ある策を講じようとしていた。
「息子よ。時は来た──」
暗雲が立ち込める王城の本丸にて、息子ギィーラは跪き、玉座を見上げる。
魔王の傍には、母も同席していた。
「はい、父上」
ギィーラは、父と同じく灰色の魔人族でありながら、母の形質も受け継いでいる。長い尾と、伸縮性のある両椀のブレードを有していた。
「これより、転生魔法を執り行う」
魔王が告げると、ローブ姿の配下がギィーラを囲う。魔力を込め、床に記された魔法陣が輝き始める──
漆黒の煙が立ち込めた。
「ち、父上! 母上にご挨拶を──」
「許そう」
許可を得たギィーラは、母へ身体を向ける。
しかし、母と眼が合わない。
彼は縋り付くように、母を呼んだ。
「は、母上──」
ほんの僅かな言葉しか交わしたことがない。今は亡き優秀な兄たちと違い、彼には特筆すべき才能が無い。
元より今世では無く、来世に期待された息子だ。母の関心を引ける筈も無かった。
「母上……わ、私はその──必ずや魔族に勝利をもたらします。人間を内側から疲弊させ、いずれ貴方に──」
「当然よ」
母は彼の言葉を遮り、叱り付けるように言う。見下ろされた眼は、酷く冷たかった。
「それ以外にお前の価値は無いわ」
「ああ、そうだ息子よ。お前は、その為だけに生まれた。その為だけに存在が許されている」
「し、承知しております……」
ギィーラは思わず、自ら眼を逸らしてしまった。本来あってはならない侮辱的な行為だ。
しかし、自尊心を保つには、そうするしか無かった。誇り高い魔王の息子という肩書きが、彼の原動力でもあるのだ。
「お父様、お呼びでしょうか」
一体の魔族が入室する。それがギィーラに気付くと、驚いたように眼を見開く。
「お父様……遂に来たのですね」
「ああ」
「ご挨拶をしても?」
魔王が頷いたのを見て、それはすらりとした肢体を振るい、ギィーラに歩み寄る。
それは膝を曲げて、跪く彼に眼を合わせた。
「ギィ兄様」
「……ネィヴィティ様」
「いいえ、様は結構です」
「ネィヴィティ」
「はい。ギィ兄様」
魔王の娘──腹違いの末の妹ネィヴィティは、背中に折り畳んだ4本の腕と、2本の主腕で、兄の顔に触れる。
魔王の血を色濃く引き継ぎ、優秀な形質と才能を有した彼女は、次期魔王の筆頭候補だった。ギィーラ以外の兄を失い、遂には最後の兄が逝ってしまう。彼女は眉を顰める。
「不安ですか……?」
おずおずと彼女が言った。
「いいえ、名誉なことです。ようやく、私も──」
「嘘ですね」
彼女はギィーラの顎を持ち上げ、覗き込む。
「ふふっ、貴方は魔族であることに、誇りを持っている。違いますか?」
人間のように笑う彼女を、ギィーラが睨め付ける。
「いい加減、人間の真似事はやめないか」
「どうしてですか?」
「私達は魔族だからだ」
「これから人間になるのに?」
「……ネィヴィティ。私を侮辱しているのか?」
ギィーラの両腕のブレードが伸び、鋭い刃を出現させる。一方の彼女は、妖艶な笑みを浮かべていた。
すると、ダンッと玉座が叩かれた。魔王の赤紫の眼が彼らを見ている。
ギィーラは背筋を整え、刃を仕舞う。ネィヴィティは立ち上がり、魔王を一瞥した後──
向き直り、耳元で囁く。
「ギィ兄様。どうして私達は戦っているのでしょうね」
それは、人間との戦争に疑問を持っているということ。
それは、魔王の決定に疑問を持っているということ。
即ち、魔族への叛逆行為になり得る。
「お前──」
「ギィ兄様。これでも私は貴方との別れを悲しんでいるのです。この魔法陣は、エルフを拷問して私が描きあげました。多少のズレはありますが、ちゃんと起動します──
後のことは私に任せて下さい」
コツンと額が合わさり、ネィヴィティは魔王の元に帰って行く。
「お父様。有難う御座います」
「ああ」
そうして──
魔王は処刑に用いる大剣を引き抜くと、玉座をゆっくり降りてくる。着用した甲冑が擦れ、音を立てる。
「転生魔法を起動しろ」
ギィーラは息を呑んだ。
徐々に迫り来る魔王の威圧感。そして、死の恐怖は、計り知れない。未だかつて、このような感情を抱いたことはない。
怖い。死ぬのが怖い。いや違う──
それよりももっと、魔族でいられないことが怖いのだ。
助けを求めるように、母を見た。
だが、母はもうその場に居なかった。
ギィーラの目前に迫った魔王が、大剣を構える。
喝采が最高潮に達し、魔法陣に輝きが増す。
「人類を滅亡させよ。それが私からの最初で最後の命令だ──」
大きく構えられた刃が振り下ろされた。その一閃は空間を引き裂き、煙を晴らす。
「ギィ兄様……っ」
刃はギィーラの身体を両断し、胸に秘めた命の源<コア>が破壊された。
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