新米貴族、懺悔室のバイト1


 従軍聖職者という存在がいる。


 彼らは、兵士を看取り祈りを捧げ、戦前の儀式を行うのが役割。また軍記を書き記したり、極限環境を生きる兵士の精神面の支援、時には医療にも従事する。多種多様な業務を行える、教養の高い人々だ。


 そんな彼らから長年学んだ俺には、聖職の知識と資格がある。


 というわけで、文官に任せられたのは、懺悔室の仕事。学園生活に困る学生達のお悩み相談に答え、メンケアをする仕事だ。


 これなら、顔を出さないから身バレすることはない。声はどうなんだ、という話になっても、女子供に紛れて逃げることもあったため女性の声真似も出来る俺は大丈夫。それに、懺悔室の仕切りには仕掛けが施してあり、声が普段とは違う声に聞こえるようになっている。そのため、身バレする危険性はゼロだ。


 こんな都合のいい仕事をくれた文官には感謝だな。


 とはいえ、向こうにとっても利益のある話だったらしい。学園生活初めの今、悩める学生が沢山いて、病欠のシスターに代わる人材の補充は急務だったみたい。


「聖典、第三章の一節には、善を積むことに見返りを求めはいけない、しかし、いずれ自分に返ってくる、とあります。貴方の行いは正しいので、悩む必要はありません。気落ちする時は、よく眠ることが大切ですよ」


「ありがとうございます! 今日は帰ってすぐ寝ます!」


「ええ、そうするが良いでしょう」


 と、当たり障りない言葉を嘯いて、また一件こなす。


 面倒ではあるが、これを2、3時間続けるだけで、まあまあな給金が貰えるのだから悪くない商売である。


 なんて考えていると、重い扉の開く音がした。扉が閉まり、着席する音が聞こえると、俺は高い声を出す。


「迷える子羊よ、今日は如何なさいましたか?」


「実は、悩み事があるのです」


「お話ください」


「自分の衝動が抑えられそうにないんです」


「どういった衝動ですか?」


「背中を蹴っ飛ばしたくて仕方がないんです」


「……一応、経緯から詳しく、お話くださいますか?」


「私には、大きな夢がありました。叶えたくて叶えたくて仕方がなかった、大きな大きな夢です」


「なるほど、仕方がなかった、とはもう叶えたのですね」


「はい。まだ途中なのですが、叶えてもらいました。ですが、叶えてもらった人の背中を蹴っ飛ばしたくて、蹴っ飛ばしたくて仕方ないんです」


「それは良くないですね」


「わかってるんです。彼は恩人で、私だけじゃ叶えられなかったことを叶えてくれた。感謝し、足を向けて寝られないのに、足の裏から背中をドンって蹴ってやりたくて、ずっと悶々していて……」


「そんなことは絶対にやめましょう。どうして貴方はそんなに蹴ることに取り憑かれているのですか?」


「叶えてもらって、嬉しくて、嬉しくて、本当に感謝の気持ちで一杯になって、お礼を言おうとしたんです」


「それで?」


「なのに、あいつは、そんな私の気持ちなんてどうでもいいみたいで、他のことばっかに目を向けて、私の方なんか見ようともしなくて」


「最低ですね。そんなやつは蹴っ飛ばしてやりましょう。事情を話したら、一度なら、許してくれるはずですよ」


「本当ですか、早速今日メカブを蹴り倒してきます」


「やはり、止めた方が良いです」


 なんとなーく、聞き覚えのある話だと思えば、こいつシャーロットか。


 危ない、帰ったら理不尽に蹴り飛ばされるところだった。というか、怖。こいつこんなこと考えていたのかよ、怖。


 とはいえ、人づてに聞くと、俺が悪いような気がしてきた。同居人に一生背中を狙われるのは苦しいし、どこかで振り上げた拳の下ろしどころを作ってあげよう。


「背中を蹴る以外で、発散させる方法が良いでしょう。背中を蹴られた側は痛いです。聖典一章の一節には、無闇に暴力を振るってはならない、とあります。優しい方法を考えましょう」


「優しい方法、ですか……」


「ええ、それなら受け入れて貰えると思いますよ」


「えっとじゃあ、膝枕? とか?」


「それくらいならして貰えると思いますよ」


「そうですか! 想像してみれば、背中を蹴るより、そっちの方がイイです!! あー、もうどうしよう! 想像したせいで、母性で身体がうずうずしてきたわ! 膝に頭乗っけられて、早くナデナデしたいしたいしたい! こうしてはいられないわ、ありがとうございました! 早速、してきます!」


 お前がする側なんかい、って言いそうになったが、その前に席を立ち部屋を出る音が聞こえた。


 背中を蹴られる方がマシだったかもしれない……。


 そう内心で嘆いていると、扉が開き着席する音が聞こえた。


「迷える子羊よ、今日は如何なさいましたか?」


「実は、悩み事があるのです」


「お話ください」


「もう結婚したくてしたくて仕方ないんです」


 悩みを聞いて、俺の頭には銀髪の美少女の姿が思い浮かんだ。

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